「母なる夜」 カート・ヴォネガット

 

p148

アメリカが嫌いなの?」 と彼女は言った。
「好くのも嫌うのも馬鹿げている」 とわたしは言った。 「国に対して感情を動かしたりしないんだ。不動産に興味はないからね。これはわたしの 人格の大きな欠陥だけれど、国境を土台にものを考えることができないんだ。想像上の一線なんて、妖精やなにかと同じくらい非現実的な ものに思える。人間の魂にとって本当に大事なことが国境線から始まったり、そこで終わったりするということが信じられない。美徳も悪徳も、 悦楽も苦痛も、国境線で縛られたりはしないよ」

 

p271

「喧嘩の理由は世の中にはたくさんあるが」 とわたしは言った、「勝手に神を味方につけて、資格もないのに憎むのは、喧嘩の理由にはならない。 悪とは何だ? 悪とは、たいていの人間の中にある、限りなく何かを憎もうとする気持、神を味方につけて人を憎もうとする気持のことだ。およそ 醜いはずのことに魅力を感じる人間の心にあるんだ。
「そういう人間の白痴的な部分が」 とわたしは言った、「人を罰しようとしたり、中傷したり、喜んで戦争をやったりする」
 
「母なる夜」 カート・ヴォネガット

怪談 「丸コゲ」

 

前のエントリー「学校の怪談」は、15年前の”体験談”でした。
こちらは25年以上前としておきます。まだ20代初めの頃ですね。
出てくる彼女は全盛期の松雪泰子をイメージして下さい(笑)。
いや、似てましたよ?そう言われて紹介されましたから。
本来ならその人の話をしたい!(笑)
あんなマブいスケなかなかいませんよ。そしてマブいスケは漏れなく性格がキツイです。
僕の持論を展開しましょうか。
性格が不細工な女の人は顔も美しくない。キツくても端正な性格ってあるんですよ。そういう女性は見た目も美しいものです。何を言ってるのでしょうか僕は。テメエのその余計な話はいいと?

では、どうぞ(長いよ)。

 

「丸コゲ」

 

 


■ 別れ話を上の空で聞く ■

彼女が髪をかきあげながら何かしゃべっている。
しかし、俺はなかなか聞く耳に気持ちが入らない。
「聞いてんの?」、不機嫌面で訊ねられて、
「んあ?ああ…」と答え、視線を切り替え何とか相手の話に集中しようとする。
でも、彼女の方だって話し相手の俺に気を向けているわけじゃない。
俺の背後にある壁一面の鏡で自分の髪型をせっせと直し、店内を行き来する男や女を目で追いながら、自分の言いたいことをひたすらしゃべってるだけだ。

それでも彼女はいい女だ。掛け値なしの美人。俺は別に作家でもなんでもないから、彼女がどんなふうに美しいかなんてことを言葉をならべて説明する気はないよ。
ただなんつーか、彼女は”美人”という言葉がすべてを表わしている。美人、いい言葉だし便利な言葉だ。そしてその言葉は彼女のためにある。俺ならそう断言できる。まぁいいや、“美”の基準なんて人それぞれだしな。そんな美人がどうして俺なんかとつき合っていたのか、よくよく考えてみると謎だな。
でもそんな謎の関係も今日で終わり。
彼女が部屋に来なくなって2ヶ月。そろそろおかしいなとは思っていたが、今日やっと正式に別れ話をされている。


こうして向かい合って座っていると、彼女が俺に興味を失ったということがよく分かる。
目線がいっさい俺のところで止まらない。別にこちらの視線を避けているわけではなく、ただもう好きでもない男と過ごす今の時間が退屈なので落ち着かないだけなのだ。まるで始終舌打ちしているような表情だ(そんで、こっちは爪を噛んでいるか?)。
話している彼女の美しい顔に彼女の美しい前髪がはらりと落ちる。
今が野暮な別れ話の最中でなければ、かぶさった前髪を払うその優雅な動きに見惚れていたいものだ。以前なら見惚れていたものだったからね。
ところが今日の彼女は苛立っていてちっとも優雅じゃない。
そして、俺も彼女の美しさに見惚れるどころじゃない。吐き気がする。吐きそうだ。本当に吐いてもおかしくない。話なんかまともに聞いちゃいられないよ。


彼女が髪をかきあげて、また俺の背後にある鏡を使って自分の後ろをサッと見渡す。
怪訝そうな顔をして、それから煙草を指に挟んだまま、何かまた俺に向かって言っている。が、こっちはそれどころじゃなくてほとんど聞いてない。吐きそうだからだ。どんな言葉を使っているのかよく聞こえない。髪をかきあげるたびに上げた手首に巻かれた金属製のブレスレッドがガチャガチャと鳴るのだけがはっきり聞こえてくる。
彼女の前髪がまたパサリと顔にかかる。
苛立たしげに彼女がアクセサリを鳴らしながら髪をかきあげて、また鏡を見る。
うるさそうに頭を軽く振ってから髪に指を入れ、髪型を直す。女ってのは髪をいじくるのが好きだ。

 

今、彼女の髪をいじくってるのは彼女自身じゃない。彼女の後ろに浮かんでいる(?)

全身焼け焦げた女だ。

丸コゲ女は彼女が髪を直すとパッと出てきて、愛しそうに彼女の髪を撫で始め、だんだんと透明になっていき見えなくなった。そうすると彼女の前髪がまたパサリと落ちる。彼女はそれをうるさそうにかきあげる。
そうするとまた丸コゲが出てきて…。
吐きそうだろ?


そいつは髪の毛なんかもう燃えちまって無い。顔中ひどい火傷にただれた皮膚がまっピンクで体液にぬらぬらと光っている。鼻と耳はもうよく分からない形に溶けていて、唇は当然ない。歯が剥き出しなのでまるで笑ってるようにも見える。肩から下は陰に隠れてよく見えない。せめてもの救いか?焼け爛れて臭ってもきそうな感じだが実際は臭わない。でも、これだけ間近に見えれば臭ってても臭ってなくても臭ってるのと一緒だからクサイ!(あやうく叫びそうになるよ)
そんな、丸ごと焼かれた後とりあえずシャワーだけ浴びてきたようなヤツ(だから爛れてはいても煤けてはいないんだ)が、彼女の艶やかな髪を愛しそうに撫でている。細い首をかしげながら。そのせいかしらないけど鎖骨ちょと見えてない?
細い首と細い肩がなければ男だか女だか分かりゃしない。細い首と細い肩の男の丸コゲかもしれないな。でも、髪をいじくるのが好きなのは女だろ?

だから俺にはその丸コゲは女に見える。
ま、どっちにしても吐きそうになるほど気持ち悪いのは確かだ。
また彼女の髪を撫でている。だんだん消えていく。

消えた。
彼女の前髪がまたパサリと落ちる。彼女はそれをうるさそうにかきあげる。
かきあげる腕につけたブレスレッドがガラガラと鳴る。
そうするとまた丸コゲが出てきて…。
吐きそうだろ?


「とにかく、アンタの家に私あての電話が来たらS本さんのとこに電話するように言って。荷物は来月中に全部引き払うから。鍵はそんとき返すわ。いきなり取りに行くようなマネしなから安心して」
「へっ?キミ、S本さんのとこに居るのか?」
「なに今さら言ってんのよ!もう、まったく人の話聞いてないわね」
ああ、ごめん。聞いてなかったよ。
「S本さんて、彼女いなかったっけ?」
「いつの話してんの…。ワタシ行くわ。なんだか頭痛くなってきた…」
そうだろうね。あんなのに撫でられてたら。
「じゃ、もうサヨウナラ」
そう言って彼女はすばやく立ち上げるとバッグから財布を出し、千円札を1枚テーブルに置いて立ち去った。
あぁ、キミ…。
失恋したからって髪を切っちゃダメだよ。邪魔くさくてもしばらくは伸ばしていてくれ。
あぁ、失恋したのは俺の方か…。


残された俺はしばらくどうしようか考えた。
伝票をサッとめくって金額を確かめる。\1,200-と走り書きしてある。
じゃあ俺は200円足せばいいだけか。さらに600円足してエスプレッソもう1杯を飲んで落ち着くのもいい。
だけどエスプレッソって気分じゃない。フレンチローストってことは、よく焦がしてあるってことだろ?焦げた匂いは今は嗅ぎたくないな。

「すいませーん。水を一杯ください」

 


■ 情報収集をいう名目でストーキングする ■

S本さんの家がどこか聞き出すのは容易じゃない。
みんな、どうせ俺が彼女に未練タラタラでストーカーにでもなるんじゃないかって思うのかもしれない。どいつもこいつもこう言った。
「住所なんか聞いてどーすんの?待ち伏せでもすんの?ストーカー?」
おいおいおいおいおい。確かに彼女は惜しい。
だけどストーキングしたからって何かいい事あるわけじゃないだろ。つけまわして充実感を感じるような趣味は俺には無いよ。ヒマは、充分にありそうだけどね。
でもよ、だからって何でストーカーになるんだよ。ストーカー、ストーカーって。おまえら「ストーカー」言いたいだけちゃうんか。
俺はそこまで偏執的じゃない。
だけど、そこまでやるしかないか。


彼女のバイト先の近くで待つ。彼女のバイト先ってことは俺の前のバイト先で、S本さんが店長をやってる店だ。
ってことは、(店長は最後まで店にいるから)一緒に帰ったりするために彼女は遅番ばかりだったりするのか?
ということでまずは午後3時に店に行ってみる。外からS本さん以外に5人確認した。
今時分いないってことは、やっぱ遅番だな。
いったんその場を離れて、本屋に行って立ち読みし、飯を食ってカフェに行って時間を潰す。

しかしよく考えみると、俺に何が出来るのだろう。
頼むから髪を切らないでくれなんてことを二人の前で涙ながらに訴えてみるか。「コイツ、おまえにフラれてアタマがおかしくなったんじゃないか?つきまといやがって」、なんて言われたりするか。してみるか?
迷惑だろうなあ、前の男がアタマおかしくなって現れたりしたら。S本さんには俺も世話になったし、別にお二人の邪魔をするつもりはないんですがね。
でも、ボクが思うに、髪を切ると、きっと悪いことが起きるのではないかと、なんつーかこれでも一応ボクの昔の彼女ですから、心配になるじゃないですか。つきまとってんのは、ボクじゃなくて、あの丸コゲなんですよ…。


閉店間際までねばってカフェを出た後は、彼女らのいる店から駅へ続く道の店から逆方向に少し歩いて適当に暗くなったところで薄汚れたガードレールにもたれた。ここから店先が見える。そんでもって店を出て家路に向かう知り合いに見咎められることもない。
さっき車道を挟んで向かい側の歩道を歩いて、店の前を横切ったときに彼女の姿が見えた。制服だと少しだけダサいんだ。その方がいいんだよね。落差がね。
だけど今はあんまり良くない。だって後ろに丸コゲがぼんやり浮かんだり消えたりしてるから。ほんとボンヤリとしか見えないけど。見えたんだから間違いない。
あれをどうにかしないといけないんだけど。
どうすればいいのかよく分からない。そんなもん、分かるわけないじゃん。
だからこうして調査してるんだよ俺は。だから連中がどこに住んでるのか知りたいんだよ。情報収集だよ情報収集。


0時近くなって店の明かりも消えてバイトが一人二人と帰って行く。
ちぇっ、いいな。店閉めるときが一番楽しいよ。音楽止めてシンとなってさ、客が一人もいなくなってさ、疲れてっけど一日の終わり、解放感があってさ。開ける時とじゃ真逆だね。真逆。
お、二人が出てきた。この際だから三人って言っちゃうか?丸コゲも入れて。
ぷっ。笑い事じゃねーな。まずいと思うよ。ああも四六時中くっついてるってことは絶対何かあるよ。オオゴトになるよきっと。気をつけた方がいいよ。
ってことを何とか彼女に伝えなければならないのだが、どうやって説明して信じてもらえるのか分からない。っつーか無理だ。「じゃあどーしろっていうの?」、って話でもある。というようなことを考えながら二人(三人?ぷっ)の後を尾けていく。


1週間ほどそれをやった。今のところ彼女には何も起こってないようだ。
見守りながら、どうやってこの状況を解決すればいいか考えているのだが、それもよく見つからないまま毎日が過ぎてしまった。
彼女は垂れてくる前髪が邪魔なので髪を結ってみたりするのだが、丸コゲがそれを解いてしまうのですぐ垂れてくる。ゴムで結わえてもパチンと切られてしまう。
いいかげん抵抗するのは止めて、今はなるべく俯かないようにしている。そうすると髪が垂れてきても顔にかからないからだろう。変だよ?姿勢正し過ぎるよ?
俺はその様子を向かい側のビルの2階の階段の踊り場から見てる。煙草片手に紙パックの果汁を飲みながら。
ビル内の店が閉店時間になってしまうと追い出されて居場所が無いので、それからはいったん近くの公園に行ってコンビニで買ったサンドウィッチなどを食べた。彼女らの店の閉店時間が近づく頃、また店が見える場所まで移動して連中を待つ。


なんで1週間もそんなことをしているかっていうと、俺がマヌケすぎてS本さんの家がまだ分からないからだ。1日目は、何となく気が乗らなくて駅で二人を見送って、後は自分の家へひとりで帰った。
2日目は店の連中がそろって居酒屋へ行き、出てきたときは電車が終わっていて、みんなタクシーで帰って行った。俺は歩いて帰った。まさか歩いて帰れる距離じゃないと思っていたが、歩いてみると案外たどりつくものだった。途中、自転車に乗ったおまわりさんに止められて、身分証を改められたりしたが、まあそういうことは別に特別なことじゃない。不審なのは自分でよく分かっている。
この晩は歩き疲れたからかよく眠れた。
3日目は彼女は出勤してこなかった。それでも、もしかしたら閉店時間にS本さんを迎えに来るのではないかと思ったが来なかった。
じゃあいいや、と、思って、駅でS本さんを密かに見送って、自分が乗るほうの路線の切符を買って、改札を通って、なんかおかしいなぁ、と思って、ホームに上がるときに、あ、そーいえばS本さんの家を確かめるのが目的なんだから、別に彼女がいなくたってS本さんを尾けて行けば彼女がいるS本さんの家に着くじゃねーか、バカ!俺はバカ!と思った。
この日は自分のバカさ加減にほとんど笑いそうになり、その後、部屋へ帰っても眠れなくなって困った。

だからずっと彼女のことを考えていた。
二人の仲が何故上手くいかなくなったか、ということは考えなかった。別に昔の楽しかった頃を思い出していたわけでもなかった。
ただ、ぼんやりと彼女のきれいな顔を思い浮かべていた。


4日目は同じ電車に乗れたはずなのだが、前の晩に寝ていなかったせいか、不覚にも途中で寝てしまった。
気がつくと終点。もちろん戻る路線は終わっていた。駅からも追い出されて、仕方ないので駅前のロータリーで夜を明かし始発で帰った。始発電車に乗るとウトウトしてしまい、途中の乗り換えるべき駅を寝過ごし、そのまま終点まで行き、さらに戻ってきて、また寝過ごして乗り越した。慌てて降りて今度は座らずにいようと思ったが、朝早い車内はほとんど人が乗っていないのに立ちつづけるのは異常なことのように思えてやはり座った。なんとか目を開けて今度は寝過ごさずに目的の駅で降りた。
5日目は週末だったので駅がごった返しており、見失ってしまった。
行く方面は分かっているのでホームまで上がって探そうと思ったが、バッタリ会ったりする気まずさを思うと気持ちが挫けて行く気になれなかった。


6日目にして、とうとう二人の愛の巣を突き止めることができた。
S本さんの住んでいるところは、驚くほど大きな団地で、こういう建物は4人家族とかが住むものじゃないのか?と思ったが、そういえば昔、知り合いが住んでいた大きなマンションも何世帯かはワンルームみたいになってたと思い、ここもそういうふうに間取りがいくつもあるのだろうと思った。
それから、もちろんちゃんと分かっていたが(と、いうのはウソで、彼女らに続いて改札を出たときに初めて気づいたのだが)、自分の家に戻る電車はとうに終わってしまっているので、始発電車が動き始めるまで近所を歩き回ることした。
ま、どっちにしろこれも目的のひとつだから。

 


■ 現場を発見してシカトする ■

まずは駅から団地まで来てる。さらに少し進むことにする。
といっても土地鑑も何もないのでとりあえずグルリと一周する。団地のまわりは普通の一戸建てが並ぶ。このへんは住宅街で、駅方向へ行かなければコンビニもないような静かなところのようだ。と、いきなり犬に吠えられてビックリ。ものすごい獰猛な吠え方だ。ただし塀の向こうは真っ暗なのでどんな犬がどこから吠えているのかよく分からない。チェーンがチャリンチャリン鳴る音と、犬がシャアシャアと口を開け閉めする音がする。
なあ、俺の能力って何なんだろう。丸コゲみたいな見えないものが見えるといっても、犬が今は見えてないし、吠えられるかどうかなんて前もって察知できてるわけじゃない。
突然吠えられてドキドキしながら、そこらへんを大きく迂回して勘を頼りに駅方向へ歩いた。

深夜なので着いた駅前もひっそりと静まりかえっている。
踏切を渡って、反対側に出ると、この街はむしろこちら側が栄えているようで、レンガ敷きの商店街が伸びていく。外灯のついた柱のひとつひとつに造花が括りつけられている。物価は安いのかね?
店はもちろんどこもかしこもシャッターが降りている。
靴屋、薬局、美容室、八百屋、肉屋、路地、酒屋、化粧品店、民家、サ店。空き地…。
静かだ。時おり車が通ると風がおきてシャッターがガタガタ鳴る。歩いている人はいない。しばらく進んでみる。

 

見えてきた。
一角が暗い。
歩いていく。だんだんと近づいていく。ただし、俺はまっすぐ前を向いたまま行く。

火事があった場所だ。
といっても、もうとっくに更地になっている。
でも分かる。
確かに焦げた臭いがする。でも誰も気づかないだろう。俺にだけ分かる。
肉と、プラスチックが燃えた臭いがする。不快だ。吐きそうだ。
絶対にそちらに顔を向けたりはしない。しっかりと前を向いたまま歩く。
眼の隅にそれを捉える。

いたぞ。
何人かいる。
どいつもこいつも酷い有様だ。ほとんど真っ黒コゲ。そしてやっぱりヌメっと光っている。
3人(3つといったほうが的確か?幽霊の単位はなんだ?霊か?それなら3霊だ)。
俺は顔を進行方向に向けたまま、更地の前を横切っていく。歩くスピードは変えない。早くもなく遅くもなく。ちょっと早いかな。っつーかぎこちない。

 

彼らが俺に注意を向ける(のが分かった)。
俺は瞬時に頭の中を真っ白にして別のことを考える。
これは俺の得意技というか、今みたいなものが見える有り難くない能力のおかげで体得した、オリジナルの憑りつかれない方だ。
何も見えてない、何も気づいてない、という格好で過ぎて行けば、何か特別の理由、彼らが憑りつく理由が無ければ追われることはない。というのが今までの経験だ。
俺は全然関係無いことを考えるためのビジョンを描いた。
(今夜まで洗濯をしなかった、ということは、靴下とパンツの替えがもう無いかもしれないってことだ!)←ビジョン
そして、今朝見たクロゼットの中に無造作に放り込まれた下着類の記憶映像(?)を思い出そうと記憶を辿る。そうやって頭の中を全然関係無い方へ持って行った。
クロゼット内の洗濯袋の中で紺色のハンカチの上にグレーのトランクスが重なってたな。あとまったく同じソックス2足が1組のほうは毛玉だらけだから、それ同士でセットにしないと右毛玉ありと左毛玉なしとかのカップリングになっちゃう懸案あり。←ビジョン

 

そのとき、後ろから小学生くらいの子供の声で

「お姉ちゃんが持ってったから…」

と、ささやく声が聞こえた。
ほとんど耳元で聴こえた。だが、俺は思いっきり無視して歩きつづけた。明日洗濯、明日洗濯、明日洗濯(口に出して言いたい日本語)。
ひんやりした風の感触を首筋に感じた直後、熱い息がかかったような気がした。尻をポンと叩かれたような気もしたが、俺は弛緩した身体を硬直させるようなヘマはしない。
思いっきり無視して歩きつづけた。止まったら終いだ。
さらにさらにずーっと歩きつづけた。歩きながら、紺色のパンツと灰色パンツと他に何色のパンツ(すべてボクサーショーツ)を何枚自分が所有しているか思い出せるかどうか試していた。ほとんど思い出せなかった。後々確かめたときに、何故思い出せなかったのか分からなかったが、一番持っているのは黒色だった。
全然関係ないけどね。

気配というか、その存在感が後ろに遠ざかった後もしばらく歩き続け、線路沿いから大きく外れないように軌道を修正しながら隣の駅まで辿りついた。
近くの駐車場の車の間で立小便をし、コンビニでオニギリとお茶を買い、今度は純粋に見知らぬ街の商店街を見物し、まあシャッター見物だけどね、それで時間をつぶして始発で帰った。疲れたね。

 


■ 事件が起きて殴られる ■

毎日のように踊り場で何時間も佇みながら店での彼女を見張るのにちょっと飽きてきた。
実際、テナントビル内で長時間たたずむのも心苦しくなってきた頃だ。
俺は、その日は別の場所に移動した。本当は、彼女たちがどこにいるのか分かったんだから、見張る必要なんてなかったんだが。
それで、前にもそうしたことがある(って、ビル閉鎖後はいつも最終的にここへ来るのだが)駅への道の逆方向のガードレールにもたれていた。

しかしまぁこの、普通の人には見えない何かが見える、一般的には霊が見えるってやつだけど、この能力?能力というにはずいぶん貧弱な機能なんだよな。
だから俺は何か特別な力があるとかいうんじゃなくて、単に他の人と脳の配線が少し違うだけだ。そんでさ、見えたから何さ?別にこっちは手のひらから波動が出てその何かを撃退できたりするわけじゃないわけよ。ただ見えるだけなんだから。

俺、試したことあんだよ。波動じゃないよ。ある場所に、常に、いっつも立ってるソレがいたわけ。俺がその近所に引っ越してきてから半年くらい経ってたけど、ずーっといるんだよ。朝、昼、晩。そりゃまぁこっちも四六時中監視してたわけじゃないから、たまにはどっかに行ってたかもしれないけどね。いずれにせよいつから居るかも知らなかったけど。
ある日、まわりに誰もいないことをよくよく確かめて、ソレに話しかけてみたのよ。いや実際のはなし、見た目には弱々しそうな老人に見えたから出来たと思うんだけどね。
赤い郵便ポストの横に立ってさ、マネキンみたいにちょっとも動かない。で、道路の方をまっすぐ向いてる。俺はポストを挟んで横に並んで、やっぱり道路を走る車を見ながらボソボソ訊いたのよ。

「何してるんですか?」

いやはや幽霊にはどうやって話しかけるものなのかなんて今も分かんないからね。一応老人の姿をしてるから敬語使ってみたんだけど。
反応ナシ。いっさいナシ。微動だにしなかったね。置きモンだよ、あれじゃ。
ぴくりとも動かないから、ただ立ってるだけの状態、まあ正確には浮かんでたけど、何の意味も無いんだろうなぁと思って、それからは気にするのをやめた。
さすがに押したり引いたりはする気になれなかったから触ってみようなんて手を伸ばしたことはなかったけど、あるときなんかダンボール箱と重なった状態だったからね。ポストの横に、たぶんゴミだと思うんだけどダンボール箱が置いてあったわけ。ソレが立ってるところに。だからその分見えてないっつーか。でも何も変わらなかった。ただぼんやりした状態でそこに居たんだよ。

それからまた半年くらい経った後。近所のツブれたのかなんかしらないけど閉まったままだったトンカツ屋の建物が火事で燃えた。期待すんなよ、誰も火事では死ななかった。
俺はそのとき高校生だったんだけど、偶然火事のときに通りかかって眺めてたんだ。乾燥した季節だったからけっこう盛大に燃えててね。
最初は思い出さなかったんだけど、あ、そーか、と。気づいてポストの所に行ったわけ。道路挟んで火事現場から真向かい。

いたよ、ソレが。いつもどおり。不思議なもんで火に照らされてるかのようにいつもよりはっきり見えた。それで、俺はちょっと怖い気持ちもあったんだけど、火事場って他人事ならなんとなく興奮もしてくるでしょ?だから野次馬に押された感じもあってポストのところにだんだん近づくことになったんだよ。けっきょく前みたいに横に立って。しばらく盛大に燃えてるのを眺めてて、ふっと横見たら、ソレが俺の方を向いた。
俺の見て、悲しそうな顔して、消えた。フェードアウト。

 

 

煙草に火をつけていると、
「ちょっとっ!何してんのよ!?」
と、突然キツイ言葉を投げかけられて、あやうくライターを落としそうになった。
「うおっととと…。いやあ、まぁ…」
困ったなぁと思いながら、ひょいと頭を上げて彼女の方振り向くと、なんと彼女は髪をバッサリと切っていた!
それで今度はくわえていた煙草まで落としそうになるほどうろたえてしまった。
「な、な、な…。髪を切ったんだね…」
「悪い?別にアンタとのこととか、まあ関係なくはないけど。とにかく気分転換よ。さっぱりしたわ。ところでさ、何やってんの?ここで」
何って煙草をね、煙草を吸ってたところ…。
「アンタ、最近なんかいっつもこのへんで」
(それは遮らないと)「あーーー!!もしかして、今、切ってきた?」
「…そ。たった今、そこの美容院で切ってきたところ。あーあ、せっかくイメチェンしたのに最初に見せたのがアンタなんて!」
と彼女は忌々しそうに言った後、ふと寂しげな表情をして、

「これからバイトだから。じゃぁ」
と、言って行ってしまった。
寂しげというより、憐れんだような顔だったな。俺を憐れんでた。俺たち二人を憐れんでいたよ、きっと…。


キキィィーッ、バンッ!

車道を横切った彼女が、車にはねられるところを俺は見なかった。
たった今、彼女に出くわしてしまったことでうろたえたまま下を向いていたからだ。
大きな音がしてすぐにそちらの方を向き、居てもおかしくない位置に彼女が見えないのですぐさま駆け出した。
停まっている車の前に出ると、彼女が倒れている。
俺は足ががくがくして膝が抜けそうになり、ほとんど倒れかかるように彼女の横に膝をついた。触ったりしていいものか分からず、とりあえず生きているのか死んでいるのか確かめようと思って手首に触れたが、持ち上げて骨が折れていたりしたら怖いので動かさずに脈を取ろうとした。だが、こちらも動転しているし、さわっているだけでは脈があるかなんて全然分からなかった。だいたい、女の人ってのはなんで手首に2本も3本もブレスレッドをしてるんだい。
隣りに来た男が携帯電話で救急車を呼んでいる。運転してたヤツか?人が集まってきた気配がする。頭の中がぐわんぐわんと鳴った。俺は何をしていたんだ!危険があるって何で早く言わなかったんだ!

彼女の顔に触りたかったが、それもそうして良いのか分からず、手を伸ばして顔の前にかざしたままになっていた。彼女の美しかった顔が…。
そのとき、ものすごい力で後ろに引きずられた。
「おらあああああああ!テメーがやったのかっ!」
S本さんが俺の首根っこを掴んで無理矢理立ち上がらせる。
「いっつも待ち伏せしてんの知ってんだぞ!このストーカーがー!」
1発顎に入る。こっちはハナっから身体がぐにゃぐにゃなので、そのまま倒れたかったのだが、反対側の手で胸ぐらを掴まれたままなので、もう1発もらう。そして胸の当たりに膝蹴り。これで倒れさせてもらう。で、腿に蹴りを一つ。それで勘弁してもらう。誰かが俺を押さえつける。S本さんは彼女の方へ跪く。

俺はアスファルトに頬擦りしながら、S本さんの背中越しに丸こげ女の姿を認める。彼女を見下ろしているのか。
ちぇっ、おまえ、そーゆー手をつかうんかよ…。
野次馬が俺まで囲んでやがる。っていうか痛い。っていうか救急車まだかよ。彼女を早く病院へ…。

救急車が来て、彼女と付き添ったS本さんを乗せて走り去って、俺はS本さんの店のバイトの若いヤツに首根っこを掴まれたままだった。
別にどっかへ行こうとは思ってはなかったので、俺は静かに座っていた。
警官が俺たちのところへ来た。
バイトの若いヤツが何か説明していたが、俺には聞こえなかった。頭の中でさっきの出来事が何度も何度もフィードバックしてきた。


「せっかくイメチェンしたのに最初に見るのがアンタなんて!」
バンッ!


最初もなにも、唯一じゃねーか、それじゃ。
すれ違った人々をのぞけば、美容院の連中と俺だけかよ、彼女のショートカットをまともに見たのは。誰の記憶に残るだろうか。
俺は長かった頃の方がいいと思うけど、イメチェンした彼女もやっぱり美しかった。髪を切ると大人っぽくなるね。月並みな言い方かしら。
あーあ。ウソだろ、ウソだろ…。


目撃者が多数いたので、俺が何か犯人と呼ばれるようなことにはならなかったが、S本さんの店の連中が俺のストーカー行為をさんざん宣伝してくれたおかげで、警察署まで連れて行かれて調書?まで取られた。もしかしたら俺から逃げるために歩道に飛び出したって可能性もあるんだからな、と言われた。
俺に解決できるのかできないのか分からないまま、あんなことにして確かに彼女を怖がらせたのかもしれない。なんと!俺が悪いのかやっぱり。
そして、しばらく小部屋で待たされた後、後日もう一度事情を聞くかもしれないので旅行など控えるように、と言われて帰されることになった。

「彼女は?どうなりました?」
「命に別状ないそうだ。意識もはっきりしている。大丈夫だろう。とにかく、おまえにはもう関係無い。忘れなさい。まさか被害届なんて出さないだろうな?」
え?被害届?俺が?ああ、S本さんに殴られたから?
「出しませんよ、さすがに」。

 


■ 解決法を死人からほのめかされる ■

しばらくはボーっと過ごした。
部屋を見渡すと、そういえば彼女の物がまだたくさん残っている。
分けるのが面倒なのはCDと本だが、きっと彼女は全部置いていくだろう。
そして俺は今後、何の気なしに取り出したCDが、これは彼女が自分で買った物だと、そのときになって急に思い出したりしてションボリするのだ。
いやまあそれ以前に、このまっ黄色のクッションとか、旅行カバンとか、敷いてあるラグ、食器類、クロゼットのほとんどを占めている冬服だとか、いつどうやって持って行くのだろう。俺が部屋にいないスケジュール表をドアの前にでも貼っておくか。
バカか俺は。メールすりゃいいだろ。


S本さんから一度電話があった。今度、彼女の前に現れたら殺す、と言われた。威勢がいいね元ラグビー部。
「もちろん、そうしたいですが…。いえっ!何でもないです。そうします。ハイそうしますよー」


事故から10日ほど過ぎてから、俺は彼女の持ち物を段ボールに詰めた。
けっこうな量になったし、玄関の方に積み上げたら部屋がずいぶんと広くなった。俺も引越ししないといかんな。
それからどうしても気になったので電車に乗ってS本さんの家まで行くことにする。いつどういうタイミングでS本さんに会うか分からないのでやっぱり夜中に。

そして、あの商店街を通る。

例の場所は相変わらず更地だ。彼らはいた。やっぱり3人だ。

またしても俺は知らん顔をして通り過ぎ、またしても小学生がささやいた。

「お姉ちゃんが…」
それもまたもやシカトして俺はずんずん歩き続けた。ところが背中が妙に重たくなってきた。冷や汗が出る。う゛~ん。

ほとんど屈み込みそうなりながら自販機の前に辿りつき、缶ジュースを買った。

ガランと出てきた缶を取って、観念して振り返ると、目の前にジジイが立っている!

「…?」

お爺さんが言う。

「お姉ちゃんが、アノ人ガ持ッテッタカラ行ケナイって言うんだ。僕たち一緒に行けるように僕が神様にお願いしたのに。みんなもう待てないって言うんだ」

「……」

「お姉ちゃんが、他ノ人ガ着ケテイルノハ堪エラレナイって言うんだ」

「知るかよ…」(小声でつぶやいてみた)

「お兄ちゃんなら、なんとかしてくれるんじゃないの?」

俺かよ…。

「お姉ちゃんの名前は?」

「お姉ちゃんの名前は××だよ」

お爺さんは俺を見つめ、そして財布から小銭を取り出し、「あの、ちょっと…」と言った。

「へっ?あ、すんません」(なんだ正気に戻ったのかよ!)
俺は自販機から身体をずらした。お爺さんは缶ジュースを買って、去った。

それから毎晩、S本さんの住む建物の斜め向かいにある団地の外階段の踊り場から、帰宅するS本さんを見張った。

 

 

何度か女性と連れ立って帰って来るのを見かけた。その女性は俺の元彼女ではない(まだ入院しているのだろうか?)。
そして、その見知らぬ女性の後ろにも時々あの丸コゲの女がくっついていた。遠くから見ると、透けて見えそうなのに、外灯に反射してやはりぬめりが光っていた。
憑かれているのはS本さんだ。さて、どーするか?


ある晩、やはりS本さんは女を連れ帰った。そのときは例の丸コゲ(例のじゃなくて、霊のつったほうがいいか?)は見えなかった。
終電ぎりぎりまで待つことにする。何を待つのかって?何か分かるきっかけを待ってるんだ。
しばらくして、一人の女がS本さんの部屋を訪ねてきた。
あちゃー。あのですね、今、あなたのS本さんは別の女と一緒ですよお。
ハラハラしながら踊り場から見守っていると、ドアの前で何か言い争ってる感じ。そのうち、後から来た女は部屋の中に何か投げ込むと帰って行った。
10分くらいして、突然ドアが開いて部屋にいた女が走り出た。足早にエントランスから出て行く。続いてS本さんが出てくる。女を追いかけていく。

 


■ 侵入して遭遇して発見して逃げる ■

よっしゃ。これか!俺が待ってたのは。

俺は急いで階段を降りて、一目散にS本さんの部屋へ行く。
といっても走ったりしないし、キョロキョロ周りを見渡したりもしないさ。口笛でも吹きそうな雰囲気でぷらぷらとドアにたどりつき、自然な仕草、のつもりでさっと扉を開ける。
すばやく中に入りドアを静か~に閉める。

すると、目の前に丸コゲが浮かんでた。うわっ!脅かすなよ!叫びそうになった。

思わず後ずさってドアにガンとぶつかった。丸コゲ女はパッと消えた。

俺は気を取り直し、急いで靴を脱いで脱いだ靴を持って居間に入り、正面の窓を開けてベランダに靴を置いた。それから部屋を見渡し、「どこだ?」とつぶやいた。
返答ナシ。まあ返答があっても何かそれはイヤなんだけど。

そうか。

玄関に戻る。丸コゲ女が出てきた。うわっ、もう少し下がってくれないですかね。


「髪ヲ切レッテ言ウカラ、私切ッタノニ…」


(ぶつくさ言うなよ、あんたもう死んでんだから)と、言いたい…。
これか。床に落ちているブレスレッドを拾うと、アッツ!燃えるように熱い。
分かってる。ウソだ、そんなの。俺はアッチッチッチと言いながらそれをポケットに入れて、ベランダに出て靴を履き、するりと柵を乗り越えてそのまま振り返らずに競歩で逃げた(とにかく走っちゃいけないんだよ)。

 

駅へ向かおうと思ったが、最短距離で行くとS本さんとバッタリ会ってしまうかもしれないと思い、住宅街の一角でどうしようかと少し悩んだ。歩いているうちにどんどんどんどん背中が重くなっていく。担いだよ。
これ読んでるあんたたちに幸いにしてパートナーがいるのなら、ちょっくら肩の上に手を乗せてもらってそこへ全体重を掛けてもらってみてくれ。
そんな感じ。今、俺は一人じゃないってな。もっとも、背負ってるのは人間じゃねーんだけどね、とほほ。

チャリンチャリンとチェーンを引きずる音がする。そういや前に吠えられた家の前だ。音のするほうに目をやると、生垣の隙間から犬がこちらを見ているのが見える。吠えてはこなかったが、ずっと俺を見ていた。目って光るよな。

うーん、と。その目は俺じゃなくて、俺の背後を見ていた。
そんでもって俺は小声で犬に向かって話し掛けた。


「行きがかり上、僕はこうしてブレスレットを持ってますけどね、そもそもアナタは何故ブレスレットに執着しているのですか。いや、そもそもそもそも長い髪に執着してたのではないのですか。そもそもそもそもそもそもS本氏に未練があったわけで、だったらS本氏に何かすればいいじゃないですか。って、なんかしちゃいけないんですがね。…。ほら、あの、弟さんたちが心配してましたよ。僕は弟さんに言われてきたんですから」


と犬に話しているうちに重かった肩が少しずつ軽くなってきたので、俺はぶつぶつ言いながら歩き始めた。幽霊に道理を説くってワケわからんけど。
犬は吼えずにずっとこちらを凝視していた。

 


■ 律儀に後始末をしに行く ■

それからずーっと遠回りをして隣の駅へ向かった。
始発で部屋へ帰り、シャワーを浴びてスーツを着てまたすぐ出かけた。
おっと、これを忘れちゃいけない。
夜着ていたジャケのポケットからブレスレットを取り出し、そのへんにあった封筒に入れてスーツの胸ポケットに入れた。

もう何度来たか思い出せない駅で降り商店街を進む。(定期券買えばよかった。ってか!)
あの更地の隣りにある文房具屋が開いていたので入る。
「すみません。あの、以前隣りに住んでいた…」
と、切り出したら、相手はこの前に夜中に会ったお爺さんだった。
「あー…。○○さんのこと?」
そして少し不審そうな顔で
「おたく、お知り合いの方?」
「はい。あの、××さんの知人で。その…、亡くなられたことを今まで知らなくてですね…。ご焼香させていただきたいのですが。そのー、ご遺族の方はどちらにいらっしゃるかご存知でしたら教えていただきたいのですが」
「あーそう…。ちょっと待ってもらえますか」
そういってお爺さんは住所を書いた紙を持ってきた。
家族全員が亡くなったので、ご主人の実家の方に引き取られたとか言って、住所は高知県になっていた。
事情は知ってる?と訊かれ、「ええまぁ」、と答えると、
「まさか、××ちゃんが自分で火をつけるとはねぇ」、と言っていた。
「おたく、どっかで会ったことなかったっけ?」、とは言われなかった。


俺は店でレターセットとサインペンを買い、それからファーストフード店に入り、適当な手紙を書いた。
~生前、××さんが非常に大切にしていたものですので云々~。
後は知るか。そっちでどーにかしてくれよ。
と、いうのも、俺は何となくもう既に事は終わった気がしていた。

おそらく、S本さんのところからこれを持ってきた時点で、丸コゲの怨念も霧散したと思う。ブレスレッドを持ってても今は熱く感じない。書き終えて手紙とブレスレッドを封筒に入れ、郵便局で切手を買って投函した後、また更地に戻り、あらためて眺めてみたが、もう別に暗い気も感じなかった。
憑きものの憑きものが取れたのだ。分かる?憑きものの憑きものも取れるんだよ。


俺が更地を眺めていると、隣りの文房具屋のお爺さんが出てきた。
「あれ?あんたどっかで会わなかったっけ?」
さっき、話したじゃねーか(正気じゃねーじゃん!)。
「いや、会いませんよ」
と、言って俺はその場を去った。


それから何日か過ぎた。
一度だけ公衆電話を使って彼女の携帯を鳴らした。
「はい?」
と彼女の声が聞こえた瞬間、切った。切る予定だったから公衆電話でかけたんだよ。俺は根性ないね。もしかすると彼女は事情を分かって俺の携帯にかけてきてくれるかもしれない、と思ったが、それは期待はずれに終わった。

 


■ 解決してエンディング ■

それから1週間ほどして彼女から連絡がきた。
最初は、俺が部屋にいないときに荷物を運ぶといっていたが、なんとか説得して、俺も居合わせることにしてもらった。
その日、彼女は業者と一緒にきて、あらかじめ俺が積めておいた荷物をあっという間に運び終わった。


「手間が省けたわ」
「いや、まぁ。ヒマだったし。ところで…、S本さんとはまだ続いてるのかな?」
「とっくに別れた。なんかあの人ヤバかった」
「うん…」
「私以外にも何人かつきあってる?女がいたみたいで」
「みんな、事故ったり、病気になったりしてバレた?」
そこで彼女はハッとして手で口を押さえた。
「いやいや、キミにあんなことがあったからさ」
彼女は気味悪そうに俺を見た。そして、
「私が車にどうしてぶつかったのか知ってる?」
と訊いてきた。
「見てなかったけど、分かるよ。押されたか引っ張られたかしたんだろ?」
「引っ張られたのよ。腕を。っていうかそのときつけてたブレスレットを」
「あー…。あっ」やべっ。
「アンタなんか知ってんでしょ。アンタそーゆー人だもんね」
どーゆー人だよ…。
それから急によそよそしくなって、荷物の運び先に居なくてはいけないから、と言って出て行った。

 

サヨウナラとか、そういう言葉もなかったが、手は振っていった。
それからもう二度と会わなかった。後で「バイトはやめた」というメールだけもらった。
S本さんと別れたんだったら、もう何か起こるとは思えなかった。
こっちとももう別れて他人になってしまった人だ。ちょっとコケたとか、風邪をひいたとか、事故に遭ったとか、幸せになったとかならないとか、もうそこまで気にしても仕方ないことだ。


ということで、これで俺の話は仕舞い。
教訓があるとすれば、別れた女につきまとうとロクなことがない。です。
種明かしとかもないんだよ。どんなことがあってS本さんに××さんが憑りつくことになって、それで何で俺の彼女(元カノか)に憑りついて髪を撫でてたかなんてさ、俺には分からない。整合性を求めるんなら、そもそも怨念だとか幽霊なんて整合性ないだろ。

 


■ あとがきの能書き ■

俺が生まれながらにして持っているこの能力?
正直、本当に役に立たない
そうだねえ、危機管理の一番浮かばれない部分というか。

右に行くとヤバそうだと感じる。まあ感じるというより、行く道の先のほうに確かに見えてたりする。仕方ないので左へ行く。ただそれだけ。それで何かいいことが起こるわけじゃない。何も起きないだけ。何も起きないことにいちいち感動してられるかって。
でもまぁそれで、俺は俺でつつがなく生きてきたつもりだ。

ところが、これが他人と一緒のときだと少々厄介になる。
右へ行くとヤバそうだと感じる。じゃあってんで左へ行こうと誘う。もちろん俺にしか事情は分かってないから、何でわざわざ遠回りするのか、ってことになるよね。いやまあ、あっちに行くと桜がキレイだよとかわけの分からないことを言って何とか連れて行く。当然、桜なんてキレイじゃないから、俺は白い目で見られる(危険を回避したってのに)。


そして、行く人を見送るときはもっと厄介だ。
そのまま行ってしまうとヤバいもんにぶつかるよ、と思っても、そのままを伝えることはできない。バカじゃないんだからぶつかりそうなものがあれば避けますってなもんだ。当たり前だよな。
あなたには見えてないものがある。なんて言い始めたら、狂人かと思われる。思われても仕方ないんだけどね。みんなには見えなくて、俺だけに見えてるんだもの。


だから、たとえば別れ際なら、引き止めてみたりしてみる。
あ、そーいえば明日はどうする?その話は何度もした。
もう少し、お茶でも飲んで話でもしないか?なんだ俺は寂しがり屋さんか。
右に行くやつを左へ誘導できなければ、右のほうが風通しが良くなるまで引き止めるくらいしか俺には手が無い。こっち行かないの?こっち行けば?急いでるの?まーまー。
なんかウザい人だよねー。


で、けっきょくそのまま右へ行っても何も起こらないかもしれない。あっちもあっちで誰彼かまわず憑りつくわけじゃない。で、憑りついたからって即なにかが起こるとも限らな
い。

俺の言う通りにして遠回りしてみたところで、お金の詰まった財布を拾うわけでもないし、シカトしてそのまま進んで行ったからってバナナの皮で転ぶわけじゃない。別に何かおかしなことが起きるこがあるとは限らない。あることもあるのだけどね。

いや実は、じっさいは何かあることのほうが多い。

だから、本当は俺の言うことをきいておいたほうがいいんだけどね…。

 

怪談 「学校の怪談」

 

15年前の体験です(?)。

僕は無から話は作れないと言っておきましょう。

 

 

学校の怪談


公立の学校ってのは金が無いものなのか知らないが、生徒が帰った校舎はすぐに電気が消される。

いやそれは当たり前だとおっしゃるかもしれませんがね、俺がまだそこで仕事してるんですよ?


俺は教師ではないので、職員室にいない。
職員室は1階にあって、コンピューター・ルームは3階にある。
放課後、4時に帰宅を促すチャイムが鳴り、生徒は全員帰る。そうすると職員室(と別棟の事務室など)以外は1階でさえ廊下も電気が消される。
俺がいるのは3階のコンピューター・ルームの隣の準備室という小部屋だ。一応、勤務時間が6時までになっている。
その部屋の電気は点いてるよ。ただその部屋を一歩出ると廊下からなにから真っ暗なのだ。

生徒が帰ると当たり前に学校というのは静かだ。
昼間はあんなに人がいるのに、部屋に篭って仕事をこなし、定時がきて部屋を出ると人っ子一人いないので不思議な気持ちになる。
廊下には人がごった返し、教室の扉はしょっちゅう開けたり閉めたりされて、がやがやしているのが学校ってもんでしょ。
授業中だったら先生の声がしているし、なんだかんだいって生きた人間の息吹きがそこら中に充満してる。若いしな、みんな。
ところがこれがだ~れもいなくなると学校というのは本当に廃墟みたいなる。建物全体が疲れきって死んだようになってる。
あまりにも何も動かないし、雰囲気が違いすぎるので誰もいない廊下に出ると昼間の幻というか、ガキどもでごった返してる様子を思い出さないと自分がどこにいるか分からなくなってしまいそうだ。

帰り際、外から振り返って真っ暗な校舎の窓を見上げれば、見てはいけないものを見られそうな気がする。
ところが、俺のいる学校は仮設校舎のプレハブ建て。何かありそうな趣はこれっぽっちもない。夕方5時を過ぎれば日も落ちて暗くなるが、真っ暗な廊下を歩いていても怖い雰囲気は皆無だ。


ある夕方、俺は勤務日誌を入力していた。
そろそろ6時近い。廊下は真っ暗。辺りは静か。昼間生徒がいるときはうるさいので、今の時間は本当に静かだ。
パタパタパタとスリッパの音が響いてくる。俺のいる部屋の前で止まりコツコツとノックされて扉が開く。
「あー、ちょっといいですか?」
「はい。どうぞ」
「理科のM里です。電子メールっていうものについて教えてもらいたいんですがね」
「はいはい」

俺の仕事はここの教員に対するIT関係のアドバイザーなのだ。
教育の現場というのはIT化が遅れた。最近になって国が力を入れたのはいいが、生徒の子供達のほうが進んでいる。そのせいか、教員はなかなかIT化できない人も多いそうだ。まぁいいか、そんな話。
まあいずれにせよ、”電子メール”について教えてもらいたいってことはパソコンのことをイチから説明しろってことだ。
それが俺の仕事であるわけだから、根気よく説明し始めた。
俺は経験上、けっきょく専門用語を使わずに正しくそのままを長くかかっても説明するのが一番いいと思っている。
良くないのは、例えを使うことだ。
ところが年寄りは例えを欲しがる!
例えばホームページは家で、例えばインターネットってのは道か?
いやー、そのー…。
アドレスってのは住所なんだろ?
そうですけどー…。
さらに俺は経験上、話だけでは絶対に通じないってこと(だってたとえば電話で説明して理解させられる思う?)、それと1回では到底理解できないから、最初は煙に巻いてもいいぐらい思っている。
だいたい、説明だけしたってねぇ、分かるわけないんですよ。

俺はメモ書きに四角や丸や矢印をいろいろ書きながら説明する。
M里先生は時おり同じことを何度か質問する。
(ああ、そのたびに俺は自分の無力さを嘆く)
先生の声の後ろ、廊下で音がする。
キュッキュッキュッキュッ。
あれ?なんだ?まだ残ってる生徒がいるのかな?
軽やかな靴音は確かに生徒が履く室内履きの運動靴の音だ。
こちらの部屋の前で止まる。そして走って遠ざかっていく。
キュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッ…。
「…」
「え?あ、はい。ですから、息子さんのパソコンと共用しても、メールは別々にすることはできますよ。ただ、先生専用のメールアドレスを取得しないといけませんが」
「それにはお金はどれくらいかかるの?」
「有料のところもありますが、いろいろサービスがあって無料でやることもできますから」
「で、それは息子と同じところに届くの?」
「えーと、それはですね。別々にすることできます」
M里先生は55歳くらいだろうか?白髪頭の温和そうな顔だ。
俺はそういう人がパソコンをやろうと思って俺に質問してくれることが嬉しいので、50回までは同じことを質問されてもにこやかに答えられる自信がある。
今夜も、先生がそれなりに得心してくれるまで何度でも説明するつもりでいた。全然イヤじゃないんすよ。遠慮はいらねーっすよ。

キュッキュッキュッキュッ。
また来た?
おかしいな。
「生徒がまだ残ってるんですかね?ちょと失礼します」
俺は扉を開けた。
廊下は薄暗い。向かい側が2年生の教室がズラリと並んでいて、つきあたりに階段になっていて、大きな窓がある。そこから光が差し込んでいるので、物の判別がつかないほど暗くは無い。が、誰もいなかった。
おかしいな、空耳じゃないはずだが、下の階か階段の方で歩いた音が近くに感じたのかな。
「誰かいると思ったんですが、勘違いだったみたいです。えーと、どこまで行きましたっけ?先生、ワープロはやっておられましたか?」
ワープロは打てるよ」
などとまた会話に戻った。それから、ひとしきりあーだこーだとやって、M里先生もそれなりに掴めたようだった。
「じゃあまず、そのアドレスを取得しないことにはな」
「そうですね。息子さんがどのプロバイダ、接続業者ですね、と、契約しているかまず確認していただいて」
「うん。分かりました。ところで」
「はい、次はなんでしょうか?」
「さっき生徒が来たと思ったと言っておったけど。聞こえたのかね?」
「え?あー。足音がしたと思ったんですがね」
「そうですか、聞こえましたか」
「はい。でもあれですね、下の音なんか響くんですねやっぱり。プレハブだと」
「いや、あれは…。R君が来たんだ」
「へっ?」

するとまたキュッキュッキュッキュッキュッと足音が近づいてくる。子供の軽快さ。音が止まる。嫌な成り行きだなぁ。
するとM里先生が、
「R君。もう帰りなさい」
と言った。
足音が走って逃げて行く。遠ざかっていく。
俺は急いでドアを開けた。
見えねぇ…。でも、音だけしてる。ほら、今2-Dの前を過ぎて
LL教室を過ぎて、階段の方へ曲がった。

「聞こえるんですねぇ、俺先生は」
「き、聞こえましたねぇ…」
「あのコはR君といって、僕の教え子だったんですが、今は幽霊なんですよ、お恥ずかしい話が」
恥ずかしくねーよ!こえーよ!
「はぁ…。そうみたいですね…」


経緯はこうだ。
まだ先生が若かりし頃、学校(この学校ではない)にR君という非常に優秀な生徒がいた。
いつも放課後ぎりぎりまで学校に残って勉強して、それから帰る毎日だった。M里先生は気になってR君の担任の教諭に訊くと、R君のウチは家庭に問題があって、彼はなるべく家へ帰りたくないからそうしていたのだそうだ。
このへんの事情は20年ほど前のことだし、あまり気分のいい話じゃないんで割愛する。
って、俺は思うんだけど、ほんと、幽霊がどーとかってことより現実のほうがよっぽど悲惨で、気分悪い話に満ちてるってことだよな。
それでまぁ、話をきいたM里先生は同情して時々勉強を見てやったりしてたらしい。
R君は感激して、理科の勉強にことさら気を入れるようになった。それで、のめり込むようになって、いつしか実験室に忍び込むようになった。
学校というところは、実はセキュリティがスカスカじゃん。
俺たちが今いる学校も、各部屋はセキュリティカードを差し込まない警報が鳴るようになっているけど、そんなもん職員全員にカードが支給されないから、たとえば俺がいる部屋
なんかは毎朝担当教諭がチェックを外し、後は夜まで開けっ放しになっている。2限目の終わりくらいに俺がぶらぶらやってきて、部屋に入り、そのときに応じて図書室のパソコンの調子をみたり、体育教官室まで行ってプリンタの調子をみたり、あるいは保健室で茶をごちそーになったりしている間も開けっ放しだ。
夕方、帰る時にいちいち職員室に顔出す必要もなく、学校を閉めるときに当番の先生がまたセキュリティをかけにくるまでほったらかしだ。いやそれでいいんだってさ。
今現在でもそんな感じだし、公立の学校なんてほんとどこもそんなふうだぜ。
これが20年前ならもっとユルユルだっただろ。
みんな経験あるだろうけど、学校ってのは死角だらけだ。
校内で授業をフケるときに、見つからない場所なんていくらでもある。たとえば音楽室の隣りにある準備室なんかが代表的だ。そりゃカギがかかってるが、カギがかかってるから
こそ入っちまえば外からは分からないんだよね。
方法はいくらでもある。
ドアを外すってことも構造的に出来る場合があるし、学校によってはほら、部屋の上の方は窓になってたりするだろ。
あらかじめ窓のカギを開けておいて、隣りの教室から窓づたいに忍び込むってのもやった。3階とか。怖いもの知らず。
俺もよく夜中に学校に忍び込んだりした。
昼間のうちに1階の地味な廊下、はははは、たとえば人通りの少ない家庭科室とか理科室とかがならんでる往来の窓のカギを開けておく。当番の先生がきちんと見回れば分かるんだけどね。
まぁ見回らないんだな。
夜中にこっそり花壇のほうから侵入して、開けておいたほうの窓を試すと開いたもん。
俺が通ってた中学は、トイレに、あれはなんのためにあったのかわからないけど、大人じゃ通り抜けられないけど子供なら抜けられる外と通じてる小さいドアがついてた。
間に蛇口があったから、それで中も外もホースをつないで水が撒けるようにってことなのかな。
で、誰も気にしないのか、カギついてねーんだよ。
いつだって入れる。

体育館だって、大抵の学校の体育館て頑丈そうにできてるけど、やっぱりいろんなやり方があって入り込むことができる。
夏祭りなんかで、ふだんは暗くなったら出歩けない女子なんか誘っちゃってさ、体育館破って、マット室破って、中で中学生らしく談笑したりしたこともあるよ。
民間の警備会社が定期的に見回りにくるんだけど、外からライト照らして異常が見つからなければわざわざ中まで入ってこない。ただ、あんときは俺はちょうどコートの方にいて、ライトで照らされそうになった。
スパイ映画みたいだったね。サッと壁際に寄って、その壁一枚隔てた向こうでは警備員がコートをライトで照らしてるんだ。そのライトがこう左から右へ、上から下へと流れて。俺はトカゲみたいにぴったりと壁に張り付いて息を殺している。
そういえばトカゲが何でガラスみたいにすべすべなところでも張り付いていられるか知ってる?
足の裏とガラスの間に真空を作るんだって。真空を作るから引っ張り合うことになってくっついていられるんだってさ。じゃなかったかな確か。うろ覚えだけどさ。

えーとまぁ、とにかく。
R君は家に居たくないことと、理科好き昂じて夜中学校に侵入するようになる。
誰かが知らない間に出入りしているらしいことはM里先生には分かってたようだが、物の配置が変わってるくらいで、危ないものが入っている薬棚のカギはきちんと管理されているし、そもそも器材が置かれている準備室のほうまでは破られていないようなので少し様子をみた。
そしてある日、別の当直が理科室に誰かいるのを発見する。
そいつは逃げてしまった。
当直は、逃げたやつが誰なのか判別できなかったらしいが、R君は次の日学校に来なかった。
M里先生はもちろんのこと、何人かの先生が侵入者はR君だと考えた。
会議が開かれたが、理科室のカギと準備室のカギを新式のものに換えるというくらいで、明日もR君が来なかったら担任が家庭訪問するということでその日は終わった。
そもそも校舎に夜中(といっても8時とかだが)に侵入できるスキがあることが問題とされ、当直はもちろんのこと各先生方もおかしなところはないか目を光らせるように、という感じで、特に理科担当のM里先生が問題にされることはなかった。

その晩、R君は準備室で二酸化炭素中毒により死亡した。
理科準備室は破られ、薬棚はガラスを割って中の薬品を取り出したらしい。
ひとつひとつは無害なものばかりだが、混ぜたり、それを気化させてしまうとやはり危険なものがあった。ナントカとカントカ。知るかよ、俺は理科の成績最悪だったからな。

M里先生は悔やんだ。
実は準備室にはカギつきの冷蔵庫がある。
それなら普通、中学生には開けられない。カギが新しくなるまで、ある程度の薬品は其処へ閉まっておくことができたはずなのだ。少なくともR君が使ったナントカとカントカは冷やしても変化しないものだった。
責任問題にはなったが、M里先生は担当教科で一番エライ先生でもなく、上役の指示を仰ぐだけの若手だったので、火の粉は降りかからなかった。

しかし個人的にM里先生は大いに悔いた。


それからしばらくして、M里先生が当直のときなど理科室で音がするようになった。
R君の姿を見た、という者が先生のみならず、生徒からも出た。
まぁ、ガキは面白がって言ってたのかもしれないけどね。
ところがM里先生ははっきりと見かけるようになったという。
授業中、実験を見守るために生徒がフラスコの前に集まったその中にR君の顔を見つけたときはあやうく持っているビーカーを落としてしまったりした。

理科準備室でひとりでテストの採点をしていると、背後から覗き込むR君の気配を感じた。
答案にバツを赤書きしていくと、クスクスと笑ったそうだ。
そして、R君もう帰りなさい、と言うと、廊下のほうで遠ざかるズックの音がしたものだという。
よしてくれっつーの。

 

幾日か経ったとき、保健室で茶を飲んでサボっているときに(ああ俺はずっと成長してない)、保険のS子先生に訊いた。
「そういえばM里先生って…」
そのときちょうど生徒が何か書類を持ってきたので俺の問いかけは途中で止まった。
生徒が出て行く。
S子先生はその書類を検めて、書棚にしまい、
「ええと、なんでしたっけ?M里先生。お気の毒でしたよねぇ…。あれ?M里先生のこと、俺先生ご存知でしたっけ?」
「えっ?」
「いえいえ、俺先生がコチラにいらっしゃったのって春ですよね」
「はい」
「じゃあ…。M里先生が亡くなられた後ですよね」
「…。そうですね…」
おいおいおいおいおい。
「ちょっとその、小耳にはさんだもので」
「そうですかあ。ほんっと熱心ないい先生でした」
しんみり。
しんみりすんなよー!
俺、昨夜会ったっつーねん。幽霊のくせにメールのやり方俺に訊いてきたんだぜ!
しかも、しかもだ。ガキの幽霊まで連れてきやがった!!
くっそー、バカにしやがって。
俺、もう絶対残業しない。生徒と一緒に放課後帰る。

と、心の中で叫んでも仕事が早く終われることもなく、
俺は今夜も一人、誰もいない校舎で仕事をしている。
パタパタとゴムスリッパの音が近づいてくる。
またおんなじことを何回も説明しなきゃいけない。
しかも幽霊に…。


仕事が終わって、校舎を後にする。
以前ならちょっと振り返って真っ暗になった校舎ごしに夜空を見上げたものだが、今はもうしない。
何故なら、振り向いて校舎を見上げると、薄暗い教室の窓から必ず二人が俺の方を眺めているからだ。
勉強熱心なこったぜ。

 

 

ここ何日か雨模様だ。
薄暗い日が続いている。
俺の仕事も少し落ち着いてきて、今日はヒマだ。
俺は窓から外を見上げて、灰色の空を眺めていた。
それからまた机に向かう。

ふと窓を見ると光が差し込んでいる。
俺は窓を開けてグラウンドの方を見た。
雲間からいく筋もの光が伸びている。

「きたよ、これだよ!」
俺は部屋を飛び出して階段を駆け下り、理科室のある棟へ走った。渡り廊下を走り(先生に見つかると怒られる)C棟へ入り、理科室へたどりつき、ドアを開けようとした。
当然、カギがかかってる。
そのほうがいいんだ。授業中だったらかえって厄介だからね。
ドアの前に立ち、左右を見渡す。
どこの部屋でも授業はやってないようだ。
俺は言う。
「先生。M里先生。今だよ。今なら昇れますよ。ほら、グラウンド見てよ。はしごがかかってる。今しかないっすよ。Rちゃん連れて、行っちゃってくださいよ。先生。先生たちは向こうに行ったほうが健康的っすよ(健康もクソもあるかよ)」
隣りの準備室でガタンと音がした。
幽霊は昼間どこにいるのかね。

俺は言うべき事をいうとまた校舎の外へ出た。
グラウンドの前で雲の間からまっすぐ差し込んでくる光の筋を見ていた。
それがだんだんと広がっていき、もう眩しくて見ていられなくなって、手をかざして、あたりがどんどん明るくなってきた。


「先生。この体験は死ななきゃできないよね」


俺には光の筋を昇って行く二人の姿が見えるようだった。

 

数日後、誰もいない3階で仕事を終え、最後にメールチェックをした。

「From:Mxxxxx Subject:ありがとう」

なんてメールくるわけないだろ!

 

 


2019年現在

さすがに最後の方は嘘っぽいですね?

 

2014年7月20日の記憶

 

(すいません。またなげーッス(笑))。

 

f:id:mablues_xxx:20190720181111j:plain


 

ツイッター関連のアプリで「カコミエール」というのがありますよね。
それを起動すると1年前以上のその日の自分のツイートが見られるという不健全なアプリです(笑)。
それを起動したらですね、5年前に「この席は忘れないよ」というコメントつきのインスタのリンクが貼られたツイートがされてましてね、前の日の19日に「美味しい食事と完璧な失恋」とかなんとかツイートしてるんですよ。これが土曜日だったんです。
もちろん誰だったか憶えてますよ。
なんならその日に撮ったツーショもありますよ(笑)。


全世界に見せたい!
あんな可愛い子は世の中にいない(いるけど)。
自慢したい!「自」ないけど(笑)。

僕は可愛い子ならジャンルないんですけどね。傾向っていうんですかね。たとえばー・・・自分が無いから例えが出せないなあ。えーと、ガッキーが好きなら、桐谷美玲ちゃんも可愛いと思うじゃないですか?合ってますよね?この例え。それでー、その場合は綾瀬遥さんとか広瀬すずちゃんもってなると、こいつ可愛きゃなんでもいいんじゃんか!ってなるじゃないですか。って俺は何の話をしてるんだ・・・。

いや、さくらちゃん(仮名)がいかに素晴らしいかを語りたかっただけなんですがね。
僕の中ではスーパーモデルのアドリアーナ・リナに匹敵する美しさですよ。マジで。
エキゾチックな顔立ち、すっと通った鼻筋、尖った顎、そしてあの色素の薄い瞳・・・。

崇拝。

会社の同僚的な立場だったんですよ。まあ15歳以上年下ですし、僕は肩書はありませんでしたが、管理職的な業務だったので上司と部下的な関係になるんですが。
僕が洋行から帰って来て、会社に復帰したらいたんです。一目惚れしました。
僕は職権を乱用して速やかに自分のプロジェクトに引き込みましたよ(笑)。別にルールは破ってません。根拠もきちんとありました。たださくらちゃんを指名する必然性はかなり怪しかったですね(笑)。エンジニアは他にもいますから。まあタイミングです。
「ちょうど、さくらさんが空いてるから」みたいな、さりげないタイミングを作りましたよね。そのために寝かせましたからねー、あのプロジェクト(笑)。
そしたらですね、さくらちゃんを今まで担当してた人が怒っちゃいましてね。でも僕は手順をちゃんと踏んでますので(これをいやらしい言い方で言うと根回しと言う)、関係ありませんでしたよ。まあキレてました。僕に直接キレられないので、上役に文句を言ったらしいですが、僕は数字入れた工程表ちゃんと出して通ってますから。←悪役しかいない世界の話になってる(笑)

あのですね。僕は真剣だったんですよ。真剣でも中三15歳じゃないんで、下駄箱にラブレターとか入れたり出来ないじゃないですか。だからといって、卑劣な人間でもないんで、仕事やるから食事しようよとかいう世界に住んでるわけでもない。
でも、女に惚れたら行動あるのみ、の男なので、やれることはやりますよ。ここでバラしてますけど別に悪事を働いてるわけじゃない(何を俺は言い訳してるんだ)。

一個だけ怖い話しときましょうか。
文句を言ってた担当者。後日、僕のデスクに文書を置いていきましたよ。文書ですよ?すごくないですか。紙で出すってことはエビデンスですからね。
謝罪文書ですけど恨み節です。気持ち悪っ!分かりますよね?そういうやつだからすんなり僕のところに移籍できたんですよ。社内ではみんなが分かってたことなんですよ。
僕は長年いろんな仕事をしてきましたけど、思うのは「頭の良い能無しは人をツブす」です。僕はツブされるのよく見てきたので分かりますね。頭の良い人で、後ろついていくと自分を上手く使ってくれる人と、そうでない人って。すみません自分勝手なことを書きました。僕は人は活かしたいな。


それでさくらちゃんと一緒に仕事をするんですけど、割とすぐランチに誘いましたね(笑)。
いやいやいや。一緒にランチでもどうですか?って程度で。
えー?パワハラじゃないッス。
確かに僕は「圧」のある人間ですけど見せかけだし、こういうとき実はからっきしダメだって知ってますよね?知るわけないですね。なるべく、誘いに乗りやすい方法を使いますよ。断りづらいやつはやらない。確かメールだったと思います。
その頃は中央区に会社があって、まあまあお店が充実してましてね、えへへ、いい店を見つけてたんですよ。お寿司が好きという情報を掴んでましてね、敷居の高そうなお店のランチってチャンスじゃないですか。まあ、そういうことです。


ところがですねー。僕は敗北するんです。
話がまったく盛り上がらない。
ランチの約束は即日OKだったんですよ。じゃあ明日、みたいな。お寿司だし。ということは悪くないシチュエーションじゃないですか。

しかしダメだった・・・_| ̄|○

これにはいろいろ歴史的な言い訳があるんですが、簡単に言うと魔法使いが魔法の使い方を忘れてしまった、ということにしといて下さい(笑)。
ダメですねー、マジだったんですよ。だから変に気を使ってしまって。いやそもそも相性がとか言わないでくれ。僕は、僕は有りだと思ってた・・・。

 

ここからが割とすごいですよ。
僕はめげないですから。その後も誘い続けるんです。いや、しつこくはないですよ。そのへんは15歳じゃないんで、節度をもって・・・。あれ?それが悪かったのかな?あれ?分からなくなってきた。ちょっとその分析はやめておきましょう。
誘うんです。適度?なペースで。ランチを断られたことは一度もありませんでした。
ここは少し不思議なところでしてね。ちゃんと社外で待ち合わせるんです。
つまりそういうことですよね?この関係は秘密にしておこうねって示し合わせは二人の間であった。まあ面倒くさかっただけか。でもなー、おっさんと若い子のランチなんて別に大した話じゃないと思うけどねー。同じプロジェクトだし。


休日にデートもしました。
顛末は言いたくない(笑)。
タイフェス行ったり、映画をオールナイトで観に行ったり、いわゆる焼肉デートをして、その後ちょっと僕の部屋に寄ったりしたこともありましたよ(!)。なんか用事があったからなんですけど忘れました。ということは大した話ではなかったということです。
ただあのときの彼女の鮮やかなオレンジのワンピース姿は忘れられないですね。僕の遺影にしたいです(意味不明)。

僕との逢瀬を楽しめるように僕が考えたのは、ありがちですが世界の料理を食べるシリーズです。
女子ってエスニック好きじゃないですか(短絡的思考)。まあ僕も各国料理ってすごく好きで、えーとすみません自慢で言うわけじゃないが、パリで食べたチベット料理とアルジェリア料理店のクスクスは生涯に残る美味しさでした(20年以上前の話です)。

タイフェスデートが成功したので、そりゃベトナムやらスリランカ、トルコ、ロシア、なんだ?思いつくところ言って下さい、そこだったらどの店が有名かすぐ出しますよ。ぜんぶネットで調べました(笑)。
一番ひどかったのはエチオピア料理ですね。中目黒にあるんですけど、マズイっすよー(笑)。外食でマズくて食えなくて残すって初めてやりましたよ。なんかね、パンです。酸っぱいの。いや、料理も相性ですからね。繁盛してましたから悪いお店ではないと思います。奢ってくれるなら連れて行きますよ。


なんかですね。ペースは適度ですよ。たぶん月に1回とか。ランチが週に1回とか。
断られたことなかったんです。
その日に予定が合わなかった場合はあって、そういうときは「その日は予定がありますが、来週なら空いてます!」みたいな返事が来るんです。僕からはオファーしてないんですよ。何往復もして約束しないんです。彼女が楽しめそうな「イベント」考えて日にちを指定して誘って、断られたら1回休み(今月はもう誘わない)になるはずなんです。でも、返事は代替日の提案ですから。

ところが、ぜんぶ敗北して帰るんです。
このへんの細かい話は出来ないよ(苦笑)。
だってさ、40過ぎてんですよその頃。相手は20代前半ですよ?そして聞いて下さい!僕は酒をやりません。飲んでも酔わないからです(飲んでないのに酔ってると言うな)。
だから女性を酔わせてどうこうとか、酔った勢いでどうこうとかやったことないんですよ。
こんなにフザけてんのに。マジ惚れしてる相手の前だとぜんぜんダメなんですよ。
まあまあ計画立ててるじゃないですか。楽しめそうなお店とかイベント選んで。ヘナタトゥー入れに行ったこともありましたよ。←これは失敗だったけど(苦笑)。
これがいけないのかなあ。表層的ですかね?あれですか、「す、す、好きだっ!」とか言えば良かったッスかね。いやあ、さすがに言えなかったですよ真顔では。お得意の仄めかしはやりましたけど。

 

でもね、後で気づきました。
彼氏の写真(いたんかい!いた。知ってた。別れたのも知ってた)を見せてもらったときに思ったんですが、少なくとも僕の顔は彼女の好みではなかった。
僕ねえ、ナルシストだから言いますけど、案外ハンサムですよ。いや笑わない(笑)。
っていうか、顔関係ないじゃないですかー。関係あるけど、それ完全に好みの話でしょー。自分が自分の顔ハンサムだと思うの当たり前で、あの子が俺のこと好きなるかどうかはぜんぜん別の話じゃん。という話ですね。

まあ、顔のことはいいんですけど、でも顔を見ると分かるところもありますよね。
為人って顔というかその表層に出るじゃないですか。そこで僕は彼女からは愛されなかったんですよね残念ながら。
割と優しい上司ぐらいな感じですかねー。

しばらくして彼女はやりたいことがあって会社を辞めちゃうんですけど、僕は少し気が楽になりましたね。
あのですね、手に入らない花を毎日見てるだけの生活ってけっこう複雑ですよ。
僕はそういう人間なんで。

会う機会は減りましたけど、冒頭の話に戻ると、あのインスタが投稿されたのが5年前で、会社に復帰した年を調べたら15年ぐらい前なんですよ。10年間でした。
いや、その間に恋人がいたことがあった。だから話はちょっと微妙やな(笑)。

 

5年前の冬。東京で大雪だったの憶えてますか。まあ時々あるんで憶えてないと思いますけど、かなり大雪だったんですよ。
経緯は忘れましたが、1回誘ってドタキャンされたんですよ。体調崩したって言われて。それはまあしょうがないし、今までのことがあるから嘘だとは思わなかったから別に何とも思わないでほどなくしてリベンジしたんですね。そしたらその日は大雪で大変だったんですが彼女は来たんですよ。
まったくもって不思議ですよ。今でも不思議。
だってさ、別に好きでもなかったら面倒くさいじゃないですか。すげー話が盛り上がるとかないんですよ?そりゃしゃべりますけど。別に共通の趣味もなかったし。頑張ってCoccoぐらいですよ(笑)。
真面目な子だったんですね。でもさあ、確か1回も断られたことないんですよ?必ず代替日のチャンスくれたんです。俺の世界じゃ考えられん。分からん。誰か教えてくれ。えーと、生きる方向でまとめてくれ(笑)。

それで二人でタイ料理かなんかを食いましてね。
何の話したかまったく憶えてないですが。つまり当たり障りのない話しかしなかったんでしょう。それでもいつもですが、けっこう長い時間一緒にはいるんですけどね・・・。
当時は確か彼女は花屋でバイトしてましたね。花が好きな子でした。僕にデイジー(?)を持って来てくれたことがあったな。あー、急速にセンチメンタルになってきましたよ!(笑)
俺に花を持ってきた女の子ってさくらちゃんしかいないんじゃないかな。
中年男に花を持ってくる女の子って素晴らしいね!!
ロマンチックだし残酷過ぎてシビれるわ。
画像無いかな(笑)。
撮ってないのかな俺。撮ってなかったら痛恨だな。いや、あれですか。思い出のアルバムですか(笑)。

 

 


えーと、ですね。

それからしばらくして

「赤ちゃんが出来たので結婚します」

って連絡がありました。

 

だからおめでとうって(泣きながら書いてますけど今)最後に会ったのが5年前の昨日なんですよ。
それでインスタに、恵比寿のカフェに行ったんですが、そのとき座ったテーブルを撮った画像を投稿したんですね。
「この席は忘れないよ」
って。
それが5年前の今日なんです。2014年の7月20日

インスタってなんか昔の投稿をもう1回アップしろ、みたいなの時々言ってくるじゃないですか。今日やりたかったんだけど、あれ何ですかね。自分で出来ないの?というかストーリーの作り方がまったく分からないんですが(苦笑)。


長々と書きましたねー。
今のところこのブログはインスタのフォロワーさんしか知らないので公開しますけど、そのうちツイッターでも告知する可能性もあるので、そのときこのエントリーは消えます(笑)。

 


僕のピークというのがありましてね。最後に聞いて下さい。


まださくらちゃんと一緒に仕事をしてるとき。
なんか携帯ゲーム機を買ったとか言って自慢されたことがあったんですよ。
会社で向こうから話し掛けてくることってほとんどなかったんで割と驚いたんですが。
それで彼女の席に行って見せてもらったんですが、今携帯ゲーム機って書きましたけど、そう、僕はゲームまったくやらないんでなんですか?なに?知らん。DS?もうまったく知らないんですよ(笑)。原始人です。
で、ゲーム機にはまったく興味はないんですけど、お話できるチャンスじゃないですか、だから興味のあるふりをしていじくってたら、これなら出来ますよっつって、なんですか?脳トレ系?撃ったり倒したりするやつじゃないやつ(笑)をやらされましてね。
で、椅子に座ってやってたんですけど、さくらちゃんが隣でやっぱり椅子に座って画面を見てるんですが、携帯ゲーム機ですから、画面が小さいじゃないですか。

な、なんでそんなに顔を近づけてくるの???

ってぐらい身体ごと寄り添ってきてしまってですね。心臓のBPMが計測不能になりました。
いや、あのね、大したことないだろって思うでしょ?すごかったッスよ。
もう横向いたらチューですよ。いや冗談抜きで。
そんだけ近かった。近すぎて殺されるところだった。

こういうとき僕ならどうすると思います?分かりますよね?
すぐゲーム止めました。オフィスですし(誰も文句言いませんけど)。
気が触れる前にブレーキ踏みましたね。

だってただの無邪気じゃないですか。
無邪気に殺されたらもう浮かばれないですよ。
これがピークです(笑)。


なんとなく、僕がなんで彼女が好きだったか、なんで落とせなかったかわか


らないですね(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

もらった花の画像がありましたっ!

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大雪の日はこんな感じでしたよ

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このあとショックで入院したんです(ウソです。入院したのは本当です。ナツカシス)

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以上!

 

 

高校時代? 過去の記憶

 

この「事件」は記録されていない。

いい思い出や心に残った体験は記録に残す。そうすれば、何年後かにそれを読み返したとき詳細な記憶が蘇ってくるからだ。
これに気づいたのは結婚する寸前までいった恋人と別れたときだった。
そのとき俺は彼女との楽しかった思い出をほとんど憶えていないことに気づいた。あんなに楽しかったのに。こんなに長い時間二人で過ごしたのに。俺は人生に空白を作ってしまった。

それまでは彼女が俺の記憶装置だった。
彼女がぜんぶ憶えていてくれた。いつどこに行って何を話したか、本当にすべて憶えていて、忘れていることがあれば彼女に訊けばよかった。聡明な子だった。まあいい。
彼女と別れてから俺は日々の記録をつけるようになった。最初は空っぽだった。心情がなかったのだ。そのうち載せよう。ただどこに行って何をしたのかの記録。ただそれはそれで今は俺には価値があるけどね。あのときやっぱり心情はあったんだなって。

しばらくして苦い事は記録するのを止めた。
忘れたいことほど忘れないことが分かったのだ。それをわざわざ記録して読み返すネガティブな指向は俺にはない。俺はセンシティブな人間だが根はポジティブ指向なのだ。


さて、だからこの事件のことは記録していないにも関わらず詳細に憶えている。
ここ最近、高校生を相手にしていた頃の記録をほじくり返していたため思い出した。


当時、俺は30代半ばだった。前述した彼女と別れた後だ。
業務の内容はこのブログに書いたので繰り返さない。
俺は慎重に仕事をしていた。相手は子供だ。男子も女子も公平に特定の誰かに偏らないようにまんべんなく平等に相手をするようにしていた。
それでもアクションしてくる相手に対してはきちんと向き合う。慕ってきてくれるなら無下にはできないし、先生や親や友達に言えない相談事があるなら聞いてやるぐらいのことはする。でも基本的にさりげなく行う。別にウェルカムな態度など取らなかった。
話しかけられれば答える。冗談を言われればツッコむ。その程度だ。

ところが、どうしても親しくなってしまう生徒たちが出来てしまう。メアドを交換しようと言われれば断る理由がないので交換してしまう(今考えれば普通に断れば良かった)。
学校でたくさんの生徒たちを相手にしているとひとりひとりに割ける時間は限られている。だから連絡先を交換して個別に相手をする羽目になったのだが、俺は気楽に考えていた。
実際、気楽だった。「センセー。〇〇で飲んでるから来なよー」「行くかバカ。帰れ未成年」。「センセー。プリンター買ったんだけど繋がらなくて死にそう」「じゃあ、最初からやるぞ。まず・・・」←このやり取りはメールで2時間以上かかった(苦笑)。「センセー、今中目黒で〇〇とお茶してるから来て。近所でしょ?」「5分で着くわ。顔だけ出す」。そんな感じだ。
昨日このブログ(注:使いまわし記事です)でローウェイの著作を紹介したときに書いた女子の子とは二人きりで何度か会ってる。真面目な子だったし、こちらはもちろん恋愛対象に考えていなかったので純粋に進路相談として二人で図書館に行ったり、個展のようなものを観に行ったり、アート系の本が揃ってる本屋を回ったりした。そういえばコイバナもしたな。記録が残ってるかもしれない。

あとは野郎どもには上手く乗せられてよく焼肉を奢らされた。
「マナブー(あいつら呼び捨てよ)。今日負けちゃった」「でも全力出したんだろ?青春ちゃそんなもんだろ」「「全力でやったよ!死ぬ気でやった!褒めてよ!」「偉い!おまえらは偉い。勝ち負け関係ない!」「腹減ったよー。金ないよー」「ちょっと待て。誰と一緒だ?」「K太とS男の3人だよ」「分かった。じゃあ30分後渋谷でいいな?」「やっきにく!やっきにく!」「贅沢言ってんじゃねーよ。お好み焼きで腹膨らませてろ」。だが、当てにしてたお好み焼き屋が満席でまんまと焼肉を奢らされた。

ぜんぜん公平じゃねーじゃねーか。
しかし、どうしても親しくなってくると差が出てくる。俺の脇の甘さだな。

 

仮に姫川としよう。限りなく本名に近いが、本名ではない。
姫川のグループは女子3人だ。
俺はスクールカーストとか派閥のことは興味がなかったのでどうだか知らない。ただまあまあ派手な子だちだった。
今、思い出して考えてみたのだが、俺に近づいてきた生徒たちの傾向がよく分からない。
派手な子や不良が多かったと思ったが、真面目な子もいたし、病んでる子もいた。そう思うと普通の子がいなかったのかな?でも真面目な子は普通だよな。よく分からん。人間の相性とはこれだけ長く生きてきても未だに分からない。このことについては持論があるのだが、今は別の話題だ。

姫川たちとなんで親しくなったかは憶えてない。いずれにせよ向こうから近づいてきている。ルックスでいうと3人とも悪くない。いわゆるギャルだ。キャラクターでいうと姫川が一番積極的、もう1人は笑わせキャラ、あとの1人はクールな感じ。
連絡先を交換しようと言ってきたのは笑わせキャラの子だったはずだ。それで3人と連絡先を交換したと思う。頻繁にメールをよこしたのは姫川だ。毎晩のようにきた。
「今日〇〇君にコクられた」、「今日××君に誘われたけど断ったからね」、「もー古文わかんないセンセー教えて」、「センセー今なにやってんの?私お風呂上り」等々。しょーもないだろ。しかもデコってある。いや、しょーもないメール送ってくる生徒は他にも何人かいた。ヒマつぶしだ。だからこっちも適当かつ会話が続かないように返答する。だいたい一言書いて、後は「これからメシ。じゃあな」、「これから風呂、じゃあな」「寝る。おやすみ」。
後はシカトだ。それで済む。

しかしこれが毎日のように来るとかなりしんどい。うっかり話に乗ってしまうと会話を切るタイミングが難しい。
「センセーGO!GO!7188って知ってる?」
「知ってるよ。こいのうただろ」
「キャー!私の大好きな曲!今コピーしてるの」
「そういえば君は軽音部だったな」
「そうだよー。ホームページ見てくれた?」
「あ、すまん見てない」
「えーー...ヒドイ...」
「明日、学校で見るから改めてアドレス教えてくれ。じゃあ明日な」
「ねーねーライブ来て」
「学祭だろ?行くよ」
「違うよーライブハウスでやるの!」
「予定空いてたら行くよ」
「〇月×日だから。センセーただで入れてあげるから来て」
「とにかく明日学校で話そう。これからメシだから」
「ごはん食べながらでもメールできるじゃん」
「いや、一人じゃないんでね」←うそ
「女の人?」
「いや、男友達だよ」
ここの塩梅が面倒くさいんだ。ここで女性と食事すると言ってしまうと妙な噂が広まってしまう。まあ広まっても害はないのだが、話題に上がること自体が割と問題なのだ。俺は既に意図せず学校で目立ってしまっていた。
「ふーん。センセー彼女いないってほんと?」
「ほんとほんと。もう時間ないから。明日な。もう返事できないからな」
「はぁ~い」

見事な再現だ。俺の記憶はたぶん正しい。これは音楽が関係してるから憶えてるんだと思う。彼女はYAMAHAのモズライト形のベースを持ってたんだ。思い出した。そうだそうだ。
そしてだんだん嫌な思い出に近づいていくわけだ。


生徒たちは確か午後4時ぐらいには帰る。部活はもう少しやってたかもしれない。忘れた。俺は6時には放免だ。PC全台の動作確認をしてシャットダウンして電気を消して教室に鍵を掛け暗い廊下(俺のいる棟は職員室とは違う棟なので誰もいないので電気がぜんぶ消されていた)を歩いて職員室に鍵を届けて帰る。
そのタイミングでよくメールが入る。
「駅前のマックにいるから来てー」
さすがに毎日ではないし、姫川ばかりではないので顔だけは出した。ほかの顔見知りの生徒たちもいる場合があるので、それなりに席を回らなくてはならない。こういうときはもう冗談を言うしかない。「はい補導しますよ~。早く帰らないと学校にチクりますよ~」。
ヤバいのはこっちだ。こんなところを教師たちに見られたら最悪なのでなるべく早く切り上げた。

 

ここで断っておく。俺は別に人気者だったわけではない。つまらない大人しかいない学校に突然現れた珍しい生き物だっただけだ。ただそれだけだ。それはちゃんと自覚していた。

 

宇宙人だった俺は、だから学祭には行かなかった。行ったら引っ張りまわされるのが分かっていたからだ。生徒たちは生徒たちで盛り上がったことだろう、来ないのか?という連絡は来なかった。姫川以外からは。

姫川には「別の仕事で行けない。忙しいのでまた今度」とメールして切り上げた。

ということは秋か。
なんで姫川たちと外で食事するようになったかぜんぜん思い出せない。
うーん。姫川がガンガンアタックしてくるなあ、これは危険信号だなあとは思っていたはずだ。でももう秋頃になると普通に他の生徒たちと親しくなり過ぎてたのか。
ライブも仕事を口実に行かなかったな。休みだったけど。

あるとき、3人が中目黒に来てるというので食事をした。
当然のごとく、生徒たちとの食事は俺が支払うことになっている。ところがその日、俺はうっかり財布を家に忘れてきてしまった。支払いのときに気づいたので焦ったが、姫川が私が払っておくと言って出してくれた。焼肉だったので割り勘にしても1万円近く払った。高校生の1万円は大金だ。俺はすぐ家に帰って金持って来るからと言ったのだが、彼女はもう遅いから帰ると言って帰ってしまった。そう中目黒の駅からすぐの店で、俺の家はでも5分ぐらいだったのに。
それが土曜日だった。
次の日の朝、メールが入った。
「センセー1万円返してー」
「おう。すまなかった。どこに行けばいい?」
「渋谷の交番前に12時」
「了解」
何も考えていなかったので金を渡してすぐ買えるつもりだった。だから彼女が一人で待ち合わせ場所に立っているのを見たとき警戒警報が鳴った。え?一人かよ?
とりあえず金を借りたことを詫びて帰ろうと思ったのだがランチに誘われた。事情が事情なだけにこのままほっぽり出して帰るわけにもいかないので俺がよく使っていた老舗のビストロに連れて行った。有名店だがランチは安い。シックな店ではないが本格的なフレンチを出す。大人の雰囲気に彼女は緊張しつつ大層喜んだ。食べ方が分からないと言うので、別に好きなように食えばいいんだよビストロなんだから、と言ったのを憶えてる。
話題が無かったので俺がパリに住んでた頃の話をした。

あ、知らない人は知らないですね。自分は昔、2年間フランスに住んでたことがあります。理由は書かない。訊かれれば答えるけどまた長くなるから(笑)。あとフランス語はできない。これはマジでできない。っていうか英語もできない。日本語しかできない。でもどこでも暮らしていける自信はあるね(笑)。

彼女はその話をうっとりした目をして聞いていた。
俺は話しながら話題を間違えたな、と後悔していた。思えば店選びから間違っていたのだ。
それから念押しした。これだけは誰にも言わないでくれと。そしたら彼女は「二人だけの秘密ね」とふふふと笑った。あー、大失敗。油断だ。接待を忘れてた。こんな店選ぶんじゃなかった。この店、俺が女を落とすときに使う店じゃん。何考えてんだ俺。
絶対にない。俺は姫川のことなど落とそうなどとはこれっぽっちも思っていなかった。ただこの店にも久しく来ていなかったし、渋谷で店選びでウロウロしたくなかったのだ。
いずれにせよ自爆だ。

食事が終わり、さあ帰れると思ったら、彼女がどこか行こうと言ってきた。
なんとも返答に困った。平気でウソをつける人間のはずなのに、ウソに整合性をつけたがる妙な人間なのだ。つまり、この後約束や仕事などの用事があるとウソをつくなら、ランチに誘われた時点で、じゃあ用事があるからランチだけ、と前もって相手に伝えておかないとウソをつくにしても失礼じゃないかとか。バカだな俺。失礼もクソもあるかよ。こういうのが一番ダメな例だよな。泥沼だろ。

ということで、返答に困っていると、「秘密バラしちゃおっかなー」とか、「ナンパ待ちしようかなー」などと言ってくる始末。逃げ道なし。
仕方ない。かと言って渋谷デートなど危険過ぎる。咄嗟に、じゃあ映画観るか、となった。
我ながらしょーもない手だ。だが人目を避けて時間を稼ぐにはこれしか思いつかなかった。
そこで(彼女が組んでくる腕をふりほどくのに苦労しながら)一番近い映画館に行ったら、かかってる映画に「エターナル・サンシャイン」があった。
あ、これは観たかったやつだ。ちょうど始まる時間だ。これに決めた。
いい映画だった。
とりあえず俺は映画に集中することが出来た。彼女は一度だけ手を握ってきたが、俺はそれを彼女の膝に戻して、あとは腕組みして映画に没入した。

俺は大満足だった。エターナル・サンシャインはいい映画だ。俺はDVDも買ったぞ。お勧めです。泣けるよ。俺のこと知ってる人なら分かるけど号泣だからね。

彼女はよく分からなかったと言っていた。17歳の子供には早かったのだろうか。
お茶したい、というので、こっちはもう白旗上げてる状態だからとにかく中心からすばやく離れて大人しか行かない東横線の高架下カフェバー的な店に連れて行った。
そこで何を話したかは憶えてない。ってことは大した話はしてないってことだ。
けっきょく夕食までつき合わされたと思う。
面白かったのは電池切れが見れたことだ。一目で、あ、電池切れたなって分かった。なので駅まで送って帰した。素直に帰って行った。俺も疲れた。


それから二人で会うことはなかった。彼女が秘密をどこまでバラしたかはしらないが、誰からも俺がフランスに住んでいた過去を訊かれることはなかった。

そして季節は過ぎていく。
俺と生徒たちとの付き合いは相変わらずだったが、姫川との距離はとにかく気をつけた。
メールは相変わらず毎晩のように届いた。冬に、「センセーと温泉行きたいなー」と書いてきたので、「俺は親と温泉行くよ。君も家族で行ってきなさい」と返した。親と温泉なんてほとんど行ったことないけどな。
「本気なんだけど」と返されたので、「じゃ、親御さんも一緒ならいいよ」と返したら、「ちぇっ(笑)」と返してきたと思う。
これでもまだマシな方だ。冬休みに入ると昼間から何度もメールが来るので、仕事があるから昼間はメールをしないように、と釘を刺した。つもりだった。夜がひどい。もう仕事は終わったか?とメールが来るので、仕方ないから終わったらこちらからメールするから、と返事するしかなかった。彼女かおまえは。
実際、別の仕事はしていた。忙しかったので夜遅い。そうするとメールだ。「まだー?」「まだ仕事中です。こちらから連絡します」。これは1回やって後はシカトした。
事実、12時越えの仕事や徹夜の仕事もあった。なので何度もメールはシカトした。ただ、こういう子をキレさせるとマズイので、朝にメールはした。そのメールは「昨日は2時まで仕事をしたので寝てると思って遠慮しました。今日もこれから仕事なので連絡は控えてくれ」、「昨日は徹夜で仕事。疲れたので静かに寝させてくれ」といった感じだ。
彼女からのメールは前述したように、とにかくたわいもない内容だ。「今日ネイルした。見て」とか、「〇江とケンカしちゃった。仲直りできるかなぁ...」とか。知らねーよ。
あ、クリスマスのこと書き忘れたな。大したことはなかった。何件か集まりに呼ばれたので公平にぜんぶ断った。姫川からもプレゼントはもらったがこれが不思議と何をもらったか憶えてない(笑)。

冬休み明け、初めて登校した日、姫川に抱きつかれた。
まさか本当に抱きつかれるとは思わなかった。「センセー!」と言いながら手を広げて走ってきたが、目の前で止まると思ったのでそのまま突っ立ってたら飛び込んできたので危うく後ろに倒れるところだった。すぐ剥がした。冷静を装って。笑顔で。はいはい、と。
この頃にはもう彼女の俺好きは学年中に知れ渡っていたので対応に苦慮していた。何が一番問題かというと教師連中だ。生徒たちは笑ってみてる。だが教師連中は俺を問題視していた。さすがに子供にとって異物なら教師たちにとっても異物なのだ。職員室にいないし、そもそも教員でもない。しかし不思議なことに教師の中にも俺の居室に息抜きくる人がいた。名前は忘れたが、時々ひょっこり現れて、生徒に対する愚痴を言ったり、教育制度の問題を語ったりして気が済むと帰って行った。学校というのは閉鎖空間だからな。息が詰まるんだろう。話を聞くだけなら俺はいつでもここにいる。何もできないけどね。

後で聞いた話だが、学校の中で俺がちょっと問題になってたとき、庇ってくれてたのは、授業を手伝ってた情報処理の先生と、俺を採用した担当教師、それと保健室の先生だったようだ。保健室にはよく行っていたのだ。何しろヒマだからね。それで、生徒の身長や体重などの一覧表の入力、最高値、最低値、平均値の自動計算、いわゆるエクセルの基本中の基本、その表を作ったりしてた。世間話もしてたし、それで庇ってくれてたのかもしれない。

 

さて、年度末が来て俺の役目も終わりが来た。
学期が終わるのを待たずして先に俺の任期が終わる。
各クラスの先生方には当日に発表してくれるよう頼んでおいた。

昼休みだったと思う。
生徒たちがPCルームに集まってきた。次々に別れを惜しむ言葉をかけてくれた。
今までほとんど親しく話したことのない子たちも来てくれた。
今まで連絡先を交換しなかった子たちとも交換した。
写真も何枚も撮った。
昼休みが終わって、一人になってPCをいじってるところに姫川が来た。
「何やってんだ。授業始まってるだろ」と言うと、姫川が俺の左手を取って小指に赤い糸を巻き始め、先端を自分の小指に巻いて、それを写真に撮った。
「センセーと私は赤い糸でつながってるの」。そう言って彼女は教室を出て行った。
その後、画像が送られてきた。今でも持ってる。あの当時はパケット代が高くてね。すごい小さい画像なんだ。アップしてもいいけど探すの面倒くさい。見つけたら最後に置いておく。


そうして俺はやることがなくなって、定時を待たずに学校から出た。
いいでしょ?こういうの。放課後もういないの。カッコいいな~(笑)。

まあでも連絡先は知ってるから送別会も何もない。
話があればメールが来るし、遊びたければ誘いがくる。
俺はその頃、馬喰町の方で仕事をしていたが、仕事が終わる午後8時頃にわざわざそこまで来た子たちもいたな。何しに来たんだっけ?その子たちは初めて外で会ったんだけど私服の俺見て驚いてたね。その頃からハット被ってたからな。

 

さて、長らくお待たせしました。
事件が始まります。もう飽きてきた。書くの。読む方が疲れるだろうと思うけど。


姫川からは以前ほどメールは来なくなっていた。
学校から消えたから熱が冷めたのだろうと思ったが、内容がちょっとヤバいな、とも思っていた。「センセーに会えなくて淋しい」。ん、これ以上は止めておこう。彼女は彼女なりに本気で俺のことが好きだったようだ。
そうなるとコントロールが難しい。相手は受験生だ。正解が分からん。とにかく同調はしない、突き放しもしない、なんとなく遠ざかっていく感じを出したかった。
「淋しい」、「仕方ないよ。君は受験を控えてる勉強を頑張れ。応援してる」
「会いたい」、「今の仕事が超忙しいんだ。生きるのに精いっぱいでね。君も勝負の年だ。勉強に集中しよう。大学合格したらまた会おう」
こんな感じだ。
電話番号をしつこく訊かれたが、そこだけは歯止めが利かなくなるから止めようとはっきり断った。メールはちゃんと返すからと納得させた。


しかし案外、コロっと騙された。
俺が学校を去ったのは2月末だったと思う。
そして事件が起きたのが5月頃だったと思う。
ある土曜日の晩、姫川からメールが来た。
「センセー。今〇江と〇美と渋谷でカラオケー。受験マジメにやるから最後つきあって!お願い!もうメールもしないから!」
そうか、じゃあ、と思って指定の店に行った。

部屋には姫川しかいなかった。
「あれ?二人は?」
「私だけ」
「ん?どーゆーことだ?」
「座って、センセ」
ここで部屋に入ったのが間違いだった。
俺は薄暗い部屋に入り、彼女から一定の距離を置いてソファーに座った。

後は想像にまかせる。
俺は逃げ出したね。危ないところだった。

 

 

 

 

後日、俺は学校に呼び出される。
入ったことのない部屋に通され、教頭と俺を採用した担当の先生、姫川の担任、それと知らない人がいた。
姫川の担任が俺に言う、
「先生。はっきり言います。姫川〇〇が先生にレイプされたと言っています」
「・・・」
「事実ですか?」
「事実ではありませんね」
「〇月〇日。渋谷の〇〇というカラオケボックスに行って姫川と会ってますね?」
「はい」
「姫川はそのとき先生に無理やりレイプされたと言っています」
「・・・」
「あなた方が交際していたことは学校側は把握しています」
「親しくはしていましたが、他の生徒さんたちと比べて特別親しいという間柄ではありませんよ」
「つきあってたんじゃないんですか?」
「つきあってないですね」

沈黙

「先生もご存知の通り。我が校は今大事なプロジェクトを抱えています。このような醜聞が世の中に出たら大問題です」
「・・・」(え?生徒のこと心配してんじゃねーの?)
したがって姫川さんには警察に被害届を出すのを差し控えていただいて、謝罪と示談金で済ませていただけないかとご提案させていただいてます」
「えーと。謝罪。直に謝罪ですかね?それセカンドレイプですよ?あと示談金なんて払う余裕ないですし、そもそも事実じゃない」
「事実じゃないと証明できますか?」
「証明の仕方は分かりませんね。警察行くしかないでしょう。カラオケボックスに防犯カメラがあったかも憶えてないですし」

知らない人が口を挟んできた。
「示談金は学校側でご用意しても構いません。謝罪は親御さんにしていただいて納得していただけるようこちらからお願いします」
「親御さんに謝罪。やってもいないのに。下手すりゃ殴られますよ?殴られたら私は傷害で訴えますけどね」
「先生、これ以上困らせないでいただけますかね」
「申し訳ありません。事実じゃないんで。教えていただけるのなら教えていただきたいのですが、姫川さんは誰にこの話をされました?」
「私です」
姫川の担任の女性教師が言った。
「それでは、拗れるかどうか最後に提案があるのですが、(保健室の)〇〇先生に姫川さんのヒアリングをもう一度行ってもらえないでしょうかね」
「どういう意味でしょうか」
「まあ。別に。私の希望です」
「それでも姫川さんの訴えが変わらなかったら本件を事実として認めていただけますか?」
「いや、申し訳ない。そこから本格的に揉めましょう。話はそれからです。今日はこれで帰らせていただきます。提案の方ご検討下さい。失礼します」

そして俺は帰った。

 


そして後日。
学校から連絡が来た。
姫川の狂言だったと。
校長が親御さんを連れて謝罪に伺いたいと申し出てきたが丁重にお断りした。
それよりも彼女は受験でナーバスになっているだろうから早く忘れさせてやってくれと頼んだ。

 

2週間ぐらい経っただろうか。
〇江からメールが来た。中身は姫川だった。
「〇〇です。センセーごめんなさい。取り返しのつかないことした。本当にごめんなさい。親にケータイ取られてメールぜんぶ見られてぜんぶ消された。写真も消された。センセーのことも悪く言われたからケンカして殴られた。センセーごめんなさい。もうどうしていいか分かんない」
そんな文面だった。
「ちょっとビックリしたけど大したことなかったよ。正直に話してくれて良かった。あとはキレイさっぱり忘れて受験勉強に励め。応援してるから。とにかく受験頑張れ。元気出していこう」
そんなふうに返した。

それから、ほとんどメールのやり取りをしてこなかったクールキャラの〇美にメールした。
「聞いてるか知らないけど、事情があって俺はもう君らグループとはつきあえない。友達を守ってやってくれ。受験頑張ってな。それじゃ」
「分かった。センセーありがと」

 

これで終わりだ。

案の定、この話は漏れたらしい。
俺が受け持ってた生徒たちが卒業した後、ある生徒たちとダーツをしに行ったとき言われた。
「そういやセンセー大変だったねー」
「何が」
「姫川」
「あー。別に大したことなかったよ」
「あの子、今1個下の子とつきあってんのよ。気持ち悪い。大学生と高校生だよ?」
「いいんじゃね?別に」
そんな会話をした記憶がある。

 


まあ、いまさらだけど姫川は悪い子ではなかったと思う。
恋をすると人は時々狂ったことをしてしまう。人の道に外れたことをしてはいけないが、彼女はなんとか寸前で踏みとどまったことにしよう。
俺は俺なりに選択を間違ったので彼女を追いつめてしまったが反省しても仕方ないので忘れることにした。それが最近になって記録を掘ってるうちに思い出したので今回書いてみた。当時はそれなりに緊迫した状況だったが、今になってみるとなかなかネタとしてはいい経験になったなと思っている。だから残す。

いやマジ加害者にされてたら人生終わってたけどね!

 

 

 

 

あった(笑)。

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桜木町、ゴダール

 

17時に桜木町の駅で待ち合わせをして彼氏に会ってきた。


正確に書いておこう。

6月26日(水)の10:50に会社からGmailで彼氏にメールを送信している。
普段でもまあ2日ぐらいは返信が返って来ないことも(お互い)あるので特に気にはしていなかったが、「週末に会いませんか?」というメールだったので金曜日まで返信がなかったことに悩んだ。やはりちょっとねえ、このタイミングだと世界中から拒絶されてる気分に勝手になってしまうので。

それでもやはり自分は自分なのではっきりさせたかったから「ヒマなときに連絡してねー」とLINEを入れた。
10分ほどで返信が来て、向こうから今日時間があったら会いましょうと書いてきてくれたので行ってきた。(単にメールのチェックを怠っていたとのこと)


会うなり「また痩せたんじゃない?」と言われたが、タイトなシャツを着て行ったせいだと思われる。体重計に乗るのはもうやめたからなー。
とりあえず自分は今日まだ何も食べていないのでメシが食いたいと言って中華屋に入って食事をした。

それから老舗のジャズ喫茶に行った。
1オーダーで1回(レコードの半面)リクエストが出来るので、ウェス・モンゴメリージミー・スミスを選び、まずは哲学について質問を開始した。
というのも、今朝ニーチェを開いたのだが、冒頭から文章の重量が凄すぎて頭に入って来ず挫折したので、何を入り口にすればいいか教えてもらいたかったからだ。
彼は、それなら原典に当たるよりガイド本を読んだ方がいいのではないかな、と言っていた。
それで自分は、「美味しいところだけ抜き出したものを読んでしまったら、原典を読んだときの感動が薄れてしまわない?粗筋を知ってる映画を観ても驚きがないじゃん。いや、本当に良く出来たものならそんなことないのかな?」と、また道に迷ってしまった。
まあこういう話は結論はないので、なんとなくいろいろとあちこちに寄り道しつつ次の話題に移っていった。
哲学というのは科学技術に少し似ていて、つまり新しく刷新されているらしい(ようするに今の時代には否定されているものもある)ので、現代哲学に当たるのもいいかもしれないという感じだった。
自分の解釈では、上手くいくとストーンズからロバート・ジョンソンにたどり着ける感じに似てるかもしれない感覚。


それからアイドルの話をしたりした。

 

いろいろな話をした。ぜんぶ自分の話だ。
自分が話題を振り、彼がそれに意見を述べる。


何の話題のときだっただろうか?友人との会話にテーマなどない。思いつきでどんどんしゃべり、間違いがあればその場で訂正し改めれば済む。

「逆説の十戒」を読ませたのだが、彼は「何者がそれを言ったのかに依るね」と判断した。
そのときに自分は、あることに思い当たり、全身から力が抜けるのを感じたが、それは置いておいて、少々粘り「おまえがそれ言う?ってやつでしょ?そりゃさあ、カルトの何某が釈迦の説法をしても聞く耳持てないけど、俺は割といい言葉は誰が言ったかはあまり関係なく言葉そのものをもらっちゃって自分のものにしちゃうね」と言ったと思う。

それから映画の話をした。
自分は、ある若い女の子(アイドル)に本をガイドすることが出来た。と思う。
少なくとも自発的なツイートを誘発できるぐらいまで知的好奇心をくすぐることが出来たと自負している。
もちろん向き不向きや、意図しなかった感想もあったが、一度すんなり読んでしまったが気に掛かったので今もう一度読み直してるという大変喜ばしいリアクションもあった。
そうなるとやはり責任というものが生まれると自分は考える。
今度はその子に映画をガイドすることになったのだが(とは自分がそうしたのだが)、これがなかなかに難しい。
今考えると何故本が上手く行ったのか分からないが、自分はたまたま今あまり広く読まれてはいないが良質な本を持っていて、それをまったく軽い気持ちで渡せて、読後の感想をしっかりともらえたからか。本当にたまたま最初が上手く行ったからだろうな。

ただ、それで実績を作ってしまったので、今度は映画となったときに難しくなった。
難しくなったのであるとき本人に「ヒントくんない?」と言ったら、知らない名前を出された。そこで彼女は察したのだろう、次は誰でも知っている有名な監督の名前を出して、「そういうのを授業で観たよ」と言った。
ゴダールだ。
非常に難しい名前を出されてしまった。
その名前を出されて自分は何をレコメンドすればいいのか文字通り頭を抱えてしまった。

 


そう思いません?
ヒントをくれと言ったら、「ゴダールを授業で観た」と返してきたんですよ?
ゴダールが好きだとは言ってないわけです。怖いから敬語になりました(笑)。
なんといえばいいのか、それでおまえはどう出る?って話ですよ。
たとえば、えーと、よく分かりませんが、もっと「らしい」映画ってあるじゃないですか。あとは「この前、何々を観たけど面白かったよ」とか。
厳し過ぎません?「ゴダールを授業で観たよ」って。いや、おまえ考えすぎだろとか言わないで下さいよ。だって、僕は本で実績、つまり信用を得てるんです。この人がこの本が面白いから読んでみて、って言われたらしっかり読んでくれるわけです。それでピンと来なかったらなんか腑に落ちないみたいで(?)もう一度読んでくれるんですよ?それを知ったら僕は落胆させたくないじゃないですか。
大した話じゃねえじゃん、て嗤うでしょう。もういいです、自惚れてるからこうなるし、いつも自分で地獄行きの切符買ってますよ。

でも楽しいから。

それしかもう生きてく喜びないんで。


まあここから先は細かい話なんでいいんですが、どうですかね。書こう。

まず、ゴダールを踏まえるとするならば、彼氏は「タルコフスキーは?」と言いました。僕もそれは真っ先に思い浮かびましたよ!
だから僕は言いました。「だったら、俺が書くこと何もないから良い評論のリンク貼って終わりになっちゃうよ」ってね。

そういうことなんです。そっちに行ってしまうと、もう語りつくされていて、僕の手に余る。もちろん僕は一通り観てます。でもそういうことです。一通りは観たけど・・・、って話なんですよ。
だから「じゃ、トリュフォーは?」って言われても、それもう連想ゲームじゃんって話で、要するに相手のアイドルにサプライズを仕掛けることが出来ないわけです。
だからこんなもん小さい話ですよ?女の子に取ってはね。ああそうですか、って話です。僕だって別にこれで「はあ、マブさん好き」とか思われるとか1ミリも思ってないですよ?でもやっぱりこれには経緯があるんですよ何度も書いてますが。
2年以上通ってる推しであり、僕がプレゼントした洋服をとても気に入ってくれて、今年のやつは誕生日の自撮りに選んでくれて、本の話はさっきした通りだし、言葉をちゃんと選びますけど厚意というか、それなりの期待はされてるわけですよ。いや、僕が消えてもなんにも痛くないけど、僕が出すんだったらちゃんと受け取るよっていうね、そういう関係性はあるはずなんです。はい、そういう関係性にしたのは自分です。

でも楽しいから。


さて。そうなるとまず「聖」と「俗」かな?って思いましたね。
ヌーベルバーグなんてもう今となっては娯楽じゃないじゃないですか。教科書でしょ?授業で見せられるぐらいなんだから。
しかしまあ・・・、なに?ハードル?なによ?この難問。ゴダールて。しかも授業で観たて。それもですよ、最初に俺が分からない名前出したんですよ?これはですね、ある種のマウントです。いやおまえさっきから大袈裟だろってもういいけどさ、それが俺だからいいんだよ。
別に難しく考えてませんよ。面白くしたいんです。楽しみたい。今回は別に罪はないだろ。

とにかく俺目線で進んで行きますが、まず最初に出した名前を知らなかった時点で僕はレベルを推し量られたんですね。それで誰でも名前だけは知ってるゴダールまで下げられたんです。この時点で僕は少し評価が下がってるわけですよ。それを払拭したいの!マブさんステキって言われたいの!←
まあいいんですけど、単純に喜ばせたいじゃないですか。楽しんでもらいたいんです。
本でそれが成功したから、僕はやっぱり推しに喜んでもらいたい。それを僕がしたい。別に誰かと競争してるわけじゃない。下心もない。喜ばせる価値があるんです。打って響くから。打ちたいじゃないですかそれなら。
それでゴダールって言われたらねえ。ぶっ倒れますよ。
これも結果論ですけど、聞いておいて助かったーって面もありますよね。

ああもう終わらねえ。

眠る。


眠らない。


がっつりリスト見て検討だ。仕様検討からだ。

たぶん「俗」で行く。それしかない。

 

黄昏のシーン 記憶の記録

 

ふと思い出した。
というか、ずっと忘れられない情景ってあるじゃないですか。
古い8mmビデオみたいな。短いシーンのつながり。

 

所謂「たそがれどき」ですね。

夕暮れ時のことを指しますから、赤味がかった色合いを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、僕のその記憶の中ではセピア色です。いや別に笑いごとじゃなくて(笑)。
そんな色合いの夕暮れってあったでしょう?40年前とは言いませんが、昭和50年代の地方都市の住宅街。時刻はぎりぎり街灯が灯る寸前。季節は暑くなる前か寒くなる前。
僕は盛岡市にいたので比較的「乾いた」空気を憶えています。
その頃って、土がまだ至る所に残っていたんですよ。砂でもいいです。
道路はもちろん舗装されていましたが、その道路端、団地の裏、遊具のある公園、低い垣根の庭、空き地・・・。開放的だったし、雨が降らない日が続けば砂埃までいきませんが、新田町の色はトーンが埃っぽくて落ち着いていました。

 

僕がたぶん中二のときですね。
学校が終わって家にいたときに、1年生の女の子が突然訪ねて来ました。
何故そのときだったかはよく分からないし、何の話をどれくらいしたのかもまったく憶えてません。
僕は確か同じ1年生の徳子ちゃん(美人)とつきあっていたと思うので、もしかしたらその1年生の子が思いつめた感じで来たので割と気持ちは知らないふりをして早々に追い払ったのかもしれない。
玄関先で話して帰したのは確かなはずです。

それから少し時間をおいたと思います。すぐではない。
ちょっと気掛かりになって外に出たんです。

というのは事象の記憶です。シーンの記憶ではない。


ここからだんだんとシーン、「映像」の記憶になります。

僕は父親が勤めてた国鉄の社宅の団地に住んでいて、公園があったんですが、出掛けて行くとそこの公園のブランコに、訪ねてきた1年生の女の子が座っていたんです。

記憶の8mmなので音声はありません。
地方都市の中心地の中学ですから、お互い歩いて何分という所に住んでいます。
だから僕は心配というほどでもなかったと思うのですが、彼女を家まで送っていくことにしたようです。

 

所在なさげに隣を歩くか細い彼女の横顔、ぽつぽつと明かりが灯り始める家並み、一歩一歩踏み出すごとに何もかもが急速に輪郭を失って暗闇の匂いがしてくる鮮やかな感覚。
とてもぼんやりとしています。黄金色というと輝いてしまうからやはりセピア色ですね。
すごく色数が少なくて画素も粗い。砂が混じってるみたいにザラザラしてます。
どんどんフィルターがかかっていきます。
思い出補正ですけれどね。

 

そのシーンが忘れられないんですよ。あの色彩。
もう二度と体験できない。
なんていうんでしょう。空気感?雰囲気?佇まい?ムード?どれも違う。

たぶん会話なんてほとんどしなかった。
僕はその当時から女たらしだったけど、やっぱり昔から純粋な女の子に気持ちを真っ直ぐにぶつけられると上手く取り扱うことが出来なかった。
その子もそれは分かってたんじゃないかな。

女はいつも先を行ってる。
どうして俺が自分を心配して探しに来るって分かっててブランコで10分も20分も待ってられる?僕が普段は別の女の子と楽しく遊んでるのを知ってるくせに。
自分のことも相手にしてくれるって分かってるんですね。


まあそれは女の心情。


僕らは黄昏の時刻に何かもう景色が夜の中に静かに溶け込んでいく中を誰ともすれ違わないで何ひとつ音を立てず彼女の家にたどり着き、無事に彼女を送り届け、後のことはもう憶えてない。
彼女には指一本触れなかったし、その後に困らせられることもなかった。


ただ彼女は僕にあの最高に素晴らしいフィルムを残してくれたから、僕のところに来てくれて感謝してる。彼女のおかげで僕の人生の彩は豊かになっていったと思う。

 

それが、「人生ですれ違う大切な人」のひとりの例だ。