高校時代? 過去の記憶

 

この「事件」は記録されていない。

いい思い出や心に残った体験は記録に残す。そうすれば、何年後かにそれを読み返したとき詳細な記憶が蘇ってくるからだ。
これに気づいたのは結婚する寸前までいった恋人と別れたときだった。
そのとき俺は彼女との楽しかった思い出をほとんど憶えていないことに気づいた。あんなに楽しかったのに。こんなに長い時間二人で過ごしたのに。俺は人生に空白を作ってしまった。

それまでは彼女が俺の記憶装置だった。
彼女がぜんぶ憶えていてくれた。いつどこに行って何を話したか、本当にすべて憶えていて、忘れていることがあれば彼女に訊けばよかった。聡明な子だった。まあいい。
彼女と別れてから俺は日々の記録をつけるようになった。最初は空っぽだった。心情がなかったのだ。そのうち載せよう。ただどこに行って何をしたのかの記録。ただそれはそれで今は俺には価値があるけどね。あのときやっぱり心情はあったんだなって。

しばらくして苦い事は記録するのを止めた。
忘れたいことほど忘れないことが分かったのだ。それをわざわざ記録して読み返すネガティブな指向は俺にはない。俺はセンシティブな人間だが根はポジティブ指向なのだ。


さて、だからこの事件のことは記録していないにも関わらず詳細に憶えている。
ここ最近、高校生を相手にしていた頃の記録をほじくり返していたため思い出した。


当時、俺は30代半ばだった。前述した彼女と別れた後だ。
業務の内容はこのブログに書いたので繰り返さない。
俺は慎重に仕事をしていた。相手は子供だ。男子も女子も公平に特定の誰かに偏らないようにまんべんなく平等に相手をするようにしていた。
それでもアクションしてくる相手に対してはきちんと向き合う。慕ってきてくれるなら無下にはできないし、先生や親や友達に言えない相談事があるなら聞いてやるぐらいのことはする。でも基本的にさりげなく行う。別にウェルカムな態度など取らなかった。
話しかけられれば答える。冗談を言われればツッコむ。その程度だ。

ところが、どうしても親しくなってしまう生徒たちが出来てしまう。メアドを交換しようと言われれば断る理由がないので交換してしまう(今考えれば普通に断れば良かった)。
学校でたくさんの生徒たちを相手にしているとひとりひとりに割ける時間は限られている。だから連絡先を交換して個別に相手をする羽目になったのだが、俺は気楽に考えていた。
実際、気楽だった。「センセー。〇〇で飲んでるから来なよー」「行くかバカ。帰れ未成年」。「センセー。プリンター買ったんだけど繋がらなくて死にそう」「じゃあ、最初からやるぞ。まず・・・」←このやり取りはメールで2時間以上かかった(苦笑)。「センセー、今中目黒で〇〇とお茶してるから来て。近所でしょ?」「5分で着くわ。顔だけ出す」。そんな感じだ。
昨日このブログ(注:使いまわし記事です)でローウェイの著作を紹介したときに書いた女子の子とは二人きりで何度か会ってる。真面目な子だったし、こちらはもちろん恋愛対象に考えていなかったので純粋に進路相談として二人で図書館に行ったり、個展のようなものを観に行ったり、アート系の本が揃ってる本屋を回ったりした。そういえばコイバナもしたな。記録が残ってるかもしれない。

あとは野郎どもには上手く乗せられてよく焼肉を奢らされた。
「マナブー(あいつら呼び捨てよ)。今日負けちゃった」「でも全力出したんだろ?青春ちゃそんなもんだろ」「「全力でやったよ!死ぬ気でやった!褒めてよ!」「偉い!おまえらは偉い。勝ち負け関係ない!」「腹減ったよー。金ないよー」「ちょっと待て。誰と一緒だ?」「K太とS男の3人だよ」「分かった。じゃあ30分後渋谷でいいな?」「やっきにく!やっきにく!」「贅沢言ってんじゃねーよ。お好み焼きで腹膨らませてろ」。だが、当てにしてたお好み焼き屋が満席でまんまと焼肉を奢らされた。

ぜんぜん公平じゃねーじゃねーか。
しかし、どうしても親しくなってくると差が出てくる。俺の脇の甘さだな。

 

仮に姫川としよう。限りなく本名に近いが、本名ではない。
姫川のグループは女子3人だ。
俺はスクールカーストとか派閥のことは興味がなかったのでどうだか知らない。ただまあまあ派手な子だちだった。
今、思い出して考えてみたのだが、俺に近づいてきた生徒たちの傾向がよく分からない。
派手な子や不良が多かったと思ったが、真面目な子もいたし、病んでる子もいた。そう思うと普通の子がいなかったのかな?でも真面目な子は普通だよな。よく分からん。人間の相性とはこれだけ長く生きてきても未だに分からない。このことについては持論があるのだが、今は別の話題だ。

姫川たちとなんで親しくなったかは憶えてない。いずれにせよ向こうから近づいてきている。ルックスでいうと3人とも悪くない。いわゆるギャルだ。キャラクターでいうと姫川が一番積極的、もう1人は笑わせキャラ、あとの1人はクールな感じ。
連絡先を交換しようと言ってきたのは笑わせキャラの子だったはずだ。それで3人と連絡先を交換したと思う。頻繁にメールをよこしたのは姫川だ。毎晩のようにきた。
「今日〇〇君にコクられた」、「今日××君に誘われたけど断ったからね」、「もー古文わかんないセンセー教えて」、「センセー今なにやってんの?私お風呂上り」等々。しょーもないだろ。しかもデコってある。いや、しょーもないメール送ってくる生徒は他にも何人かいた。ヒマつぶしだ。だからこっちも適当かつ会話が続かないように返答する。だいたい一言書いて、後は「これからメシ。じゃあな」、「これから風呂、じゃあな」「寝る。おやすみ」。
後はシカトだ。それで済む。

しかしこれが毎日のように来るとかなりしんどい。うっかり話に乗ってしまうと会話を切るタイミングが難しい。
「センセーGO!GO!7188って知ってる?」
「知ってるよ。こいのうただろ」
「キャー!私の大好きな曲!今コピーしてるの」
「そういえば君は軽音部だったな」
「そうだよー。ホームページ見てくれた?」
「あ、すまん見てない」
「えーー...ヒドイ...」
「明日、学校で見るから改めてアドレス教えてくれ。じゃあ明日な」
「ねーねーライブ来て」
「学祭だろ?行くよ」
「違うよーライブハウスでやるの!」
「予定空いてたら行くよ」
「〇月×日だから。センセーただで入れてあげるから来て」
「とにかく明日学校で話そう。これからメシだから」
「ごはん食べながらでもメールできるじゃん」
「いや、一人じゃないんでね」←うそ
「女の人?」
「いや、男友達だよ」
ここの塩梅が面倒くさいんだ。ここで女性と食事すると言ってしまうと妙な噂が広まってしまう。まあ広まっても害はないのだが、話題に上がること自体が割と問題なのだ。俺は既に意図せず学校で目立ってしまっていた。
「ふーん。センセー彼女いないってほんと?」
「ほんとほんと。もう時間ないから。明日な。もう返事できないからな」
「はぁ~い」

見事な再現だ。俺の記憶はたぶん正しい。これは音楽が関係してるから憶えてるんだと思う。彼女はYAMAHAのモズライト形のベースを持ってたんだ。思い出した。そうだそうだ。
そしてだんだん嫌な思い出に近づいていくわけだ。


生徒たちは確か午後4時ぐらいには帰る。部活はもう少しやってたかもしれない。忘れた。俺は6時には放免だ。PC全台の動作確認をしてシャットダウンして電気を消して教室に鍵を掛け暗い廊下(俺のいる棟は職員室とは違う棟なので誰もいないので電気がぜんぶ消されていた)を歩いて職員室に鍵を届けて帰る。
そのタイミングでよくメールが入る。
「駅前のマックにいるから来てー」
さすがに毎日ではないし、姫川ばかりではないので顔だけは出した。ほかの顔見知りの生徒たちもいる場合があるので、それなりに席を回らなくてはならない。こういうときはもう冗談を言うしかない。「はい補導しますよ~。早く帰らないと学校にチクりますよ~」。
ヤバいのはこっちだ。こんなところを教師たちに見られたら最悪なのでなるべく早く切り上げた。

 

ここで断っておく。俺は別に人気者だったわけではない。つまらない大人しかいない学校に突然現れた珍しい生き物だっただけだ。ただそれだけだ。それはちゃんと自覚していた。

 

宇宙人だった俺は、だから学祭には行かなかった。行ったら引っ張りまわされるのが分かっていたからだ。生徒たちは生徒たちで盛り上がったことだろう、来ないのか?という連絡は来なかった。姫川以外からは。

姫川には「別の仕事で行けない。忙しいのでまた今度」とメールして切り上げた。

ということは秋か。
なんで姫川たちと外で食事するようになったかぜんぜん思い出せない。
うーん。姫川がガンガンアタックしてくるなあ、これは危険信号だなあとは思っていたはずだ。でももう秋頃になると普通に他の生徒たちと親しくなり過ぎてたのか。
ライブも仕事を口実に行かなかったな。休みだったけど。

あるとき、3人が中目黒に来てるというので食事をした。
当然のごとく、生徒たちとの食事は俺が支払うことになっている。ところがその日、俺はうっかり財布を家に忘れてきてしまった。支払いのときに気づいたので焦ったが、姫川が私が払っておくと言って出してくれた。焼肉だったので割り勘にしても1万円近く払った。高校生の1万円は大金だ。俺はすぐ家に帰って金持って来るからと言ったのだが、彼女はもう遅いから帰ると言って帰ってしまった。そう中目黒の駅からすぐの店で、俺の家はでも5分ぐらいだったのに。
それが土曜日だった。
次の日の朝、メールが入った。
「センセー1万円返してー」
「おう。すまなかった。どこに行けばいい?」
「渋谷の交番前に12時」
「了解」
何も考えていなかったので金を渡してすぐ買えるつもりだった。だから彼女が一人で待ち合わせ場所に立っているのを見たとき警戒警報が鳴った。え?一人かよ?
とりあえず金を借りたことを詫びて帰ろうと思ったのだがランチに誘われた。事情が事情なだけにこのままほっぽり出して帰るわけにもいかないので俺がよく使っていた老舗のビストロに連れて行った。有名店だがランチは安い。シックな店ではないが本格的なフレンチを出す。大人の雰囲気に彼女は緊張しつつ大層喜んだ。食べ方が分からないと言うので、別に好きなように食えばいいんだよビストロなんだから、と言ったのを憶えてる。
話題が無かったので俺がパリに住んでた頃の話をした。

あ、知らない人は知らないですね。自分は昔、2年間フランスに住んでたことがあります。理由は書かない。訊かれれば答えるけどまた長くなるから(笑)。あとフランス語はできない。これはマジでできない。っていうか英語もできない。日本語しかできない。でもどこでも暮らしていける自信はあるね(笑)。

彼女はその話をうっとりした目をして聞いていた。
俺は話しながら話題を間違えたな、と後悔していた。思えば店選びから間違っていたのだ。
それから念押しした。これだけは誰にも言わないでくれと。そしたら彼女は「二人だけの秘密ね」とふふふと笑った。あー、大失敗。油断だ。接待を忘れてた。こんな店選ぶんじゃなかった。この店、俺が女を落とすときに使う店じゃん。何考えてんだ俺。
絶対にない。俺は姫川のことなど落とそうなどとはこれっぽっちも思っていなかった。ただこの店にも久しく来ていなかったし、渋谷で店選びでウロウロしたくなかったのだ。
いずれにせよ自爆だ。

食事が終わり、さあ帰れると思ったら、彼女がどこか行こうと言ってきた。
なんとも返答に困った。平気でウソをつける人間のはずなのに、ウソに整合性をつけたがる妙な人間なのだ。つまり、この後約束や仕事などの用事があるとウソをつくなら、ランチに誘われた時点で、じゃあ用事があるからランチだけ、と前もって相手に伝えておかないとウソをつくにしても失礼じゃないかとか。バカだな俺。失礼もクソもあるかよ。こういうのが一番ダメな例だよな。泥沼だろ。

ということで、返答に困っていると、「秘密バラしちゃおっかなー」とか、「ナンパ待ちしようかなー」などと言ってくる始末。逃げ道なし。
仕方ない。かと言って渋谷デートなど危険過ぎる。咄嗟に、じゃあ映画観るか、となった。
我ながらしょーもない手だ。だが人目を避けて時間を稼ぐにはこれしか思いつかなかった。
そこで(彼女が組んでくる腕をふりほどくのに苦労しながら)一番近い映画館に行ったら、かかってる映画に「エターナル・サンシャイン」があった。
あ、これは観たかったやつだ。ちょうど始まる時間だ。これに決めた。
いい映画だった。
とりあえず俺は映画に集中することが出来た。彼女は一度だけ手を握ってきたが、俺はそれを彼女の膝に戻して、あとは腕組みして映画に没入した。

俺は大満足だった。エターナル・サンシャインはいい映画だ。俺はDVDも買ったぞ。お勧めです。泣けるよ。俺のこと知ってる人なら分かるけど号泣だからね。

彼女はよく分からなかったと言っていた。17歳の子供には早かったのだろうか。
お茶したい、というので、こっちはもう白旗上げてる状態だからとにかく中心からすばやく離れて大人しか行かない東横線の高架下カフェバー的な店に連れて行った。
そこで何を話したかは憶えてない。ってことは大した話はしてないってことだ。
けっきょく夕食までつき合わされたと思う。
面白かったのは電池切れが見れたことだ。一目で、あ、電池切れたなって分かった。なので駅まで送って帰した。素直に帰って行った。俺も疲れた。


それから二人で会うことはなかった。彼女が秘密をどこまでバラしたかはしらないが、誰からも俺がフランスに住んでいた過去を訊かれることはなかった。

そして季節は過ぎていく。
俺と生徒たちとの付き合いは相変わらずだったが、姫川との距離はとにかく気をつけた。
メールは相変わらず毎晩のように届いた。冬に、「センセーと温泉行きたいなー」と書いてきたので、「俺は親と温泉行くよ。君も家族で行ってきなさい」と返した。親と温泉なんてほとんど行ったことないけどな。
「本気なんだけど」と返されたので、「じゃ、親御さんも一緒ならいいよ」と返したら、「ちぇっ(笑)」と返してきたと思う。
これでもまだマシな方だ。冬休みに入ると昼間から何度もメールが来るので、仕事があるから昼間はメールをしないように、と釘を刺した。つもりだった。夜がひどい。もう仕事は終わったか?とメールが来るので、仕方ないから終わったらこちらからメールするから、と返事するしかなかった。彼女かおまえは。
実際、別の仕事はしていた。忙しかったので夜遅い。そうするとメールだ。「まだー?」「まだ仕事中です。こちらから連絡します」。これは1回やって後はシカトした。
事実、12時越えの仕事や徹夜の仕事もあった。なので何度もメールはシカトした。ただ、こういう子をキレさせるとマズイので、朝にメールはした。そのメールは「昨日は2時まで仕事をしたので寝てると思って遠慮しました。今日もこれから仕事なので連絡は控えてくれ」、「昨日は徹夜で仕事。疲れたので静かに寝させてくれ」といった感じだ。
彼女からのメールは前述したように、とにかくたわいもない内容だ。「今日ネイルした。見て」とか、「〇江とケンカしちゃった。仲直りできるかなぁ...」とか。知らねーよ。
あ、クリスマスのこと書き忘れたな。大したことはなかった。何件か集まりに呼ばれたので公平にぜんぶ断った。姫川からもプレゼントはもらったがこれが不思議と何をもらったか憶えてない(笑)。

冬休み明け、初めて登校した日、姫川に抱きつかれた。
まさか本当に抱きつかれるとは思わなかった。「センセー!」と言いながら手を広げて走ってきたが、目の前で止まると思ったのでそのまま突っ立ってたら飛び込んできたので危うく後ろに倒れるところだった。すぐ剥がした。冷静を装って。笑顔で。はいはい、と。
この頃にはもう彼女の俺好きは学年中に知れ渡っていたので対応に苦慮していた。何が一番問題かというと教師連中だ。生徒たちは笑ってみてる。だが教師連中は俺を問題視していた。さすがに子供にとって異物なら教師たちにとっても異物なのだ。職員室にいないし、そもそも教員でもない。しかし不思議なことに教師の中にも俺の居室に息抜きくる人がいた。名前は忘れたが、時々ひょっこり現れて、生徒に対する愚痴を言ったり、教育制度の問題を語ったりして気が済むと帰って行った。学校というのは閉鎖空間だからな。息が詰まるんだろう。話を聞くだけなら俺はいつでもここにいる。何もできないけどね。

後で聞いた話だが、学校の中で俺がちょっと問題になってたとき、庇ってくれてたのは、授業を手伝ってた情報処理の先生と、俺を採用した担当教師、それと保健室の先生だったようだ。保健室にはよく行っていたのだ。何しろヒマだからね。それで、生徒の身長や体重などの一覧表の入力、最高値、最低値、平均値の自動計算、いわゆるエクセルの基本中の基本、その表を作ったりしてた。世間話もしてたし、それで庇ってくれてたのかもしれない。

 

さて、年度末が来て俺の役目も終わりが来た。
学期が終わるのを待たずして先に俺の任期が終わる。
各クラスの先生方には当日に発表してくれるよう頼んでおいた。

昼休みだったと思う。
生徒たちがPCルームに集まってきた。次々に別れを惜しむ言葉をかけてくれた。
今までほとんど親しく話したことのない子たちも来てくれた。
今まで連絡先を交換しなかった子たちとも交換した。
写真も何枚も撮った。
昼休みが終わって、一人になってPCをいじってるところに姫川が来た。
「何やってんだ。授業始まってるだろ」と言うと、姫川が俺の左手を取って小指に赤い糸を巻き始め、先端を自分の小指に巻いて、それを写真に撮った。
「センセーと私は赤い糸でつながってるの」。そう言って彼女は教室を出て行った。
その後、画像が送られてきた。今でも持ってる。あの当時はパケット代が高くてね。すごい小さい画像なんだ。アップしてもいいけど探すの面倒くさい。見つけたら最後に置いておく。


そうして俺はやることがなくなって、定時を待たずに学校から出た。
いいでしょ?こういうの。放課後もういないの。カッコいいな~(笑)。

まあでも連絡先は知ってるから送別会も何もない。
話があればメールが来るし、遊びたければ誘いがくる。
俺はその頃、馬喰町の方で仕事をしていたが、仕事が終わる午後8時頃にわざわざそこまで来た子たちもいたな。何しに来たんだっけ?その子たちは初めて外で会ったんだけど私服の俺見て驚いてたね。その頃からハット被ってたからな。

 

さて、長らくお待たせしました。
事件が始まります。もう飽きてきた。書くの。読む方が疲れるだろうと思うけど。


姫川からは以前ほどメールは来なくなっていた。
学校から消えたから熱が冷めたのだろうと思ったが、内容がちょっとヤバいな、とも思っていた。「センセーに会えなくて淋しい」。ん、これ以上は止めておこう。彼女は彼女なりに本気で俺のことが好きだったようだ。
そうなるとコントロールが難しい。相手は受験生だ。正解が分からん。とにかく同調はしない、突き放しもしない、なんとなく遠ざかっていく感じを出したかった。
「淋しい」、「仕方ないよ。君は受験を控えてる勉強を頑張れ。応援してる」
「会いたい」、「今の仕事が超忙しいんだ。生きるのに精いっぱいでね。君も勝負の年だ。勉強に集中しよう。大学合格したらまた会おう」
こんな感じだ。
電話番号をしつこく訊かれたが、そこだけは歯止めが利かなくなるから止めようとはっきり断った。メールはちゃんと返すからと納得させた。


しかし案外、コロっと騙された。
俺が学校を去ったのは2月末だったと思う。
そして事件が起きたのが5月頃だったと思う。
ある土曜日の晩、姫川からメールが来た。
「センセー。今〇江と〇美と渋谷でカラオケー。受験マジメにやるから最後つきあって!お願い!もうメールもしないから!」
そうか、じゃあ、と思って指定の店に行った。

部屋には姫川しかいなかった。
「あれ?二人は?」
「私だけ」
「ん?どーゆーことだ?」
「座って、センセ」
ここで部屋に入ったのが間違いだった。
俺は薄暗い部屋に入り、彼女から一定の距離を置いてソファーに座った。

後は想像にまかせる。
俺は逃げ出したね。危ないところだった。

 

 

 

 

後日、俺は学校に呼び出される。
入ったことのない部屋に通され、教頭と俺を採用した担当の先生、姫川の担任、それと知らない人がいた。
姫川の担任が俺に言う、
「先生。はっきり言います。姫川〇〇が先生にレイプされたと言っています」
「・・・」
「事実ですか?」
「事実ではありませんね」
「〇月〇日。渋谷の〇〇というカラオケボックスに行って姫川と会ってますね?」
「はい」
「姫川はそのとき先生に無理やりレイプされたと言っています」
「・・・」
「あなた方が交際していたことは学校側は把握しています」
「親しくはしていましたが、他の生徒さんたちと比べて特別親しいという間柄ではありませんよ」
「つきあってたんじゃないんですか?」
「つきあってないですね」

沈黙

「先生もご存知の通り。我が校は今大事なプロジェクトを抱えています。このような醜聞が世の中に出たら大問題です」
「・・・」(え?生徒のこと心配してんじゃねーの?)
したがって姫川さんには警察に被害届を出すのを差し控えていただいて、謝罪と示談金で済ませていただけないかとご提案させていただいてます」
「えーと。謝罪。直に謝罪ですかね?それセカンドレイプですよ?あと示談金なんて払う余裕ないですし、そもそも事実じゃない」
「事実じゃないと証明できますか?」
「証明の仕方は分かりませんね。警察行くしかないでしょう。カラオケボックスに防犯カメラがあったかも憶えてないですし」

知らない人が口を挟んできた。
「示談金は学校側でご用意しても構いません。謝罪は親御さんにしていただいて納得していただけるようこちらからお願いします」
「親御さんに謝罪。やってもいないのに。下手すりゃ殴られますよ?殴られたら私は傷害で訴えますけどね」
「先生、これ以上困らせないでいただけますかね」
「申し訳ありません。事実じゃないんで。教えていただけるのなら教えていただきたいのですが、姫川さんは誰にこの話をされました?」
「私です」
姫川の担任の女性教師が言った。
「それでは、拗れるかどうか最後に提案があるのですが、(保健室の)〇〇先生に姫川さんのヒアリングをもう一度行ってもらえないでしょうかね」
「どういう意味でしょうか」
「まあ。別に。私の希望です」
「それでも姫川さんの訴えが変わらなかったら本件を事実として認めていただけますか?」
「いや、申し訳ない。そこから本格的に揉めましょう。話はそれからです。今日はこれで帰らせていただきます。提案の方ご検討下さい。失礼します」

そして俺は帰った。

 


そして後日。
学校から連絡が来た。
姫川の狂言だったと。
校長が親御さんを連れて謝罪に伺いたいと申し出てきたが丁重にお断りした。
それよりも彼女は受験でナーバスになっているだろうから早く忘れさせてやってくれと頼んだ。

 

2週間ぐらい経っただろうか。
〇江からメールが来た。中身は姫川だった。
「〇〇です。センセーごめんなさい。取り返しのつかないことした。本当にごめんなさい。親にケータイ取られてメールぜんぶ見られてぜんぶ消された。写真も消された。センセーのことも悪く言われたからケンカして殴られた。センセーごめんなさい。もうどうしていいか分かんない」
そんな文面だった。
「ちょっとビックリしたけど大したことなかったよ。正直に話してくれて良かった。あとはキレイさっぱり忘れて受験勉強に励め。応援してるから。とにかく受験頑張れ。元気出していこう」
そんなふうに返した。

それから、ほとんどメールのやり取りをしてこなかったクールキャラの〇美にメールした。
「聞いてるか知らないけど、事情があって俺はもう君らグループとはつきあえない。友達を守ってやってくれ。受験頑張ってな。それじゃ」
「分かった。センセーありがと」

 

これで終わりだ。

案の定、この話は漏れたらしい。
俺が受け持ってた生徒たちが卒業した後、ある生徒たちとダーツをしに行ったとき言われた。
「そういやセンセー大変だったねー」
「何が」
「姫川」
「あー。別に大したことなかったよ」
「あの子、今1個下の子とつきあってんのよ。気持ち悪い。大学生と高校生だよ?」
「いいんじゃね?別に」
そんな会話をした記憶がある。

 


まあ、いまさらだけど姫川は悪い子ではなかったと思う。
恋をすると人は時々狂ったことをしてしまう。人の道に外れたことをしてはいけないが、彼女はなんとか寸前で踏みとどまったことにしよう。
俺は俺なりに選択を間違ったので彼女を追いつめてしまったが反省しても仕方ないので忘れることにした。それが最近になって記録を掘ってるうちに思い出したので今回書いてみた。当時はそれなりに緊迫した状況だったが、今になってみるとなかなかネタとしてはいい経験になったなと思っている。だから残す。

いやマジ加害者にされてたら人生終わってたけどね!

 

 

 

 

あった(笑)。

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