「母なる夜」 カート・ヴォネガット

 

p148

アメリカが嫌いなの?」 と彼女は言った。
「好くのも嫌うのも馬鹿げている」 とわたしは言った。 「国に対して感情を動かしたりしないんだ。不動産に興味はないからね。これはわたしの 人格の大きな欠陥だけれど、国境を土台にものを考えることができないんだ。想像上の一線なんて、妖精やなにかと同じくらい非現実的な ものに思える。人間の魂にとって本当に大事なことが国境線から始まったり、そこで終わったりするということが信じられない。美徳も悪徳も、 悦楽も苦痛も、国境線で縛られたりはしないよ」

 

p271

「喧嘩の理由は世の中にはたくさんあるが」 とわたしは言った、「勝手に神を味方につけて、資格もないのに憎むのは、喧嘩の理由にはならない。 悪とは何だ? 悪とは、たいていの人間の中にある、限りなく何かを憎もうとする気持、神を味方につけて人を憎もうとする気持のことだ。およそ 醜いはずのことに魅力を感じる人間の心にあるんだ。
「そういう人間の白痴的な部分が」 とわたしは言った、「人を罰しようとしたり、中傷したり、喜んで戦争をやったりする」
 
「母なる夜」 カート・ヴォネガット