映画と本

 

僕にとって映画と本の違いから始めます。

映画は、映画館で観るなら当たり前、部屋でDVD等を観ていてもなかなか途中でやめるのは難しいです。止めるならオープニングすぐ、音楽でいうイントロで飛ばすみたいな感じですね。それならなんとか出来ます。僕の場合はですよ?
本は止められるんですよ。というか止めないと寝る時間が無くなりますからね。

これが不思議なもので、映画を仮に無念にも途中で止めたとするじゃないですか。そりゃ人生で一度もないとは言いませんよ何度もあります(オープニングで止めるのはよくやる)。物語が始まって進んでしまってから止めて、後日それをまた途中から観るとするじゃないですか。大抵もう無理ですね。何故かもうその世界には帰れないんです。
家で観てるのにトイレ休憩の一時停止さえ断腸の思いですからね(笑)。まあ僕の場合は、です。極端に言うとって話ですからね。

ところが本はすごいですよ。いついかなるときに途中から開いてもすぐその世界に没入出来るんです。開きさえすれば。しかももっとすごいのは複数の物語を併読出来るんですよね。
眠る前はこれを読む。通勤電車ではこれを読む。まあ今はそのぐらいですけど、昔はこれに加えてカフェではこれを読む、疲れたら(疲れたら?)これで頭を休める等々。とりあえず音楽を流すように活字を読んでいたこともありました。
今よりは若い頃に、部屋で本を読むのが単調でつまらない、かといってカフェやバーで読むのもなんだか煩わしいなと思って街灯の下で読書をするという謎のブームが来たことがありました。季節が良かったんですね。公園とかじゃないんです。中目黒の舗道です(笑)。
みずほ銀行だったと思うのですが、そこのエントランスの階段に座って街灯の下で読むんです。そこそこの人通りと行き交う車の音。案外落ち着けましたよ。

 

映画のエピソードですとね。いいのがありますよ。
細かい説明は抜きにしますけど、18歳ぐらいのときにワンルームの部屋で床座りしてベッドに寄りかかりながら向かいのテレビモニターを観ていると、右手の方が玄関でドアが見える、という暮らしをしてたんですよ、狭い部屋ですからね。
その頃は読書より毎晩レンタルビデオでした。あと地上波のテレビも今では信じられないようなラインナップで映画を流してましたね。8chで深夜にミッドナイト・アート・シアターとかいう番組があって、それこそミニシアター系の映画をノーカットCMなしで流すんです。僕はそれでイラン映画などの非西欧映画の「存在」を知ったようなものです。
テレビですから。受像機ですからね。自分では選びようのない作品と出会えたんですよ。あれは良かったなあ。
ってその話じゃないんです。

ある晩ですね。深夜3時頃でしょうか。「スカーフェイス」を観てたんです。1983年ブライアン・デ・パルマ監督、アル・パチーノ主演、チンピラ成り上がり映画の最高傑作ですね。
シャワールームのチェーンソー。ボリビアでのヘリコプター、フランクと悪徳刑事とを等々、美味しいシーンを挙げたらキリがないです。
観るのも何度目か分かりませんよ。イキってたんですかね?(笑)まあとにかく夜中一人で観てたんですよ。途中ふと右を見たら

 

 

 

 

 

 

 


玄関のドアが開いてて誰かがこちらを覗いてた

 


ひょえ~~~~~~~~


(;゚Д゚)

 


バタン!とドアが閉まりました。
僕は凍ってましたね。何秒ですかね。
すすっと静かに立ち上がりすばやくドアに向かいまずもって急いで鍵を掛けました。

普段は掛けてるはずだったんですがね。たぶん忘れたんでしょう田舎から出てきて一人暮らし始めてそれほど経っていなかったですから(?)。

それから息を殺してすぐ横のキッチンスペースにある包丁を手に取りましたよね。そしてドアスコープをもう、こう、目を張り付けて、見えるはずないのに斜めに角度をつけて覗いたりして視界を広げようとしながらその間ずっと心臓止まってますよ。いやもうドキドキが止まりませんよ。

5分ぐらいですかね。ドアスコープ覗いて、ドアに耳を当てて外で何か音がしないか聞き耳を立ててを繰り返して。手には包丁、脳内は最適解が分からないのでクラクラしました。
それでまずチェーンをつけてドアを開けるんです。意味は分かりません。開けて誰かいたらどうしたんですかね?考えるだけで気絶しそうです(汗)。
後はよく憶えてないのですが、それでしばらく空気を窺って、やはりなんとか外に出るんですよ。え?こういうときはどうするのが一番いいんですかね。出ますよね?包丁持って。
それから外廊下っていうんですかね、それを通って路地に出ました。
誰もいませんでした。
夜中の3時過ぎの住宅街です。
何の音もしません。注意深く駅に向かう通りまで出ました。包丁持ってますね(笑)。
反対側の路地ももちろんチェックしました。人っ子一人いませんでしたね。
ええガクブルでしたよ。


けっきょくこの話は謎のままこれで終わりなんですが、不思議なのは僕ははっきり「誰か」を見てるはずなのに性別が分からないんですよ。憶えてないんじゃなくて分からなかったんです。見たはずなんですが、認識出来なかったんです。

あとこの話の怖いところは、「意図が分からなかった」ことと、「いつからこちらを見ていたか分からなかった」ことです。僕がもし何気なく右を見なかったらどうなっていたのかまったく予想が出来ない事件だったことです。それが男だったのか女だったのかも分からない。
何をする気でいつドアを開けてタイミングを計っていたのか分からない。

あー、こえええええ!!

 

よく住み続けたよね俺も(笑)。

 

映画体験とはそういうものだと思います(違う)。