美樹さんと洋さんの記録

脈略も無く突然思い出した。


あれは確か17のときだったな。


前段から始める。

中学2年生のときに、私立の有名なお嬢様学校から俺たちが通っている公立の中学に転校してきた3年生がいた。
俺が住んでた団地から歩いて15分ぐらいのところに割と大きな整形外科医病院があって、そこの娘だ。美樹さんという。
私立の女子中学を放逐されてきたということはとんでもない不良ということだ。
俺たちの中学は別に荒れていなかったが、悪い連中がいないわけではない。
そのあたりとどう渡りをつけたのか知らないが、美樹さんはあっという間にカーストの上位に君臨した。まあ、頭も良くて飛び切りの美人だったからね。
美樹さんは俺のマブダチで市内一のモテ男だった慶太と恋仲になった。当時は人の恋路に興味がなかったので内情は知らない。
とりあえずそんな感じ。

 

俺は商業高校に入って、高校では大人しくしてて学校が終わったらバンド女バンド女バンドバンドバンド。
同じ高校に通う同級生より他の高校に通うバンド連中の方に友達が多く、洋さんという1個上のベーシストと何故かウマが合って毎日のように遊んでた。
二人ともパンクバンドをやっていたが、古いロックンロールが好きで、大通りに出来た箱バンがオールディーズの生演奏をする飲み屋に時々行った。
あるでしょ?ビートルズコピーバンドが毎晩演奏したりする店とか。六本木に。オールディーズならKENTO'Sあたりが有名だったな。
俺たちが時々行ってた店の箱バンのメンバーには大学生が何人か混じってて、実は俺のパンクバンドのメンバーが二人いた。だから少し安く入れたのだ。

ある日、店に俺が通ってる商業高校の1個上の先輩の女の子と美樹さんが一緒に来た。
「あらマナブくん、久しぶり」ということになって一緒に飲むことになる。
俺はその頃もう既に女性を「選別」する癖をつけていたので、二人に対しては特に興味を持たず音楽を楽しんでいた。まあそのときの会話を憶えてないってことはそういうことです。


一通り飲み食いして、では、そろそろ帰りましょうかということになった。
4人で外へ出て、なんとなく通りを歩き始めて、なんとなく二人対二人になった。
どっかの交差点で、先輩が「私たちはこっち」と言って俺に腕を回してきて洋さんと美樹さんたちとは別れた。
「なんだよ、ぜんぜん気づかなかったッスよ」「鈍感ね。ちょっと1杯つきあってよ」
というわけで俺は里佳子さんとバーに入った。

知っている人は知っているが俺は酒がほとんど飲めない。飲めない上に所謂酒で酔っぱらったこともない。ビールジョッキの一気飲みをさせられたことがあるし、ゆっくりだが日本酒を何合だか知らないがとっくり3本くらいは飲んだことがある。吐くこともあるし、顔は真っ赤になるし、身体がふらつくこともなくもない。ただ、頭の中が変化したことはない。説明。

里佳子さんは最近男にフラれたと言って、何かよく分からない酒を次から次へと注文して、しまいには泣き始めた。
里佳子さんはウチの高校では不良というか派手で目立つグループに属していて、目立たないようにしていた俺に校内で声を掛けてきたのは確か向こうからだ。

里佳子さんは男についていろいろと持論を述べて、「そうでしょ?」と訊いてくるので、「まあ、そういう男も多いけど、そうじゃないやつもいますよ」と答えた。
そうじゃないやつなんてどこにもいない、と言いながら里佳子さんは俺にしなだれかかってきて俯いて泣いた。しょうがないので肩を抱いて軽く叩きながら、俺はこういう場合はどういう流れなのかよく分からないので黙っていたと思う。若い頃はあまりおしゃべりじゃなかったのだ。

里佳子さんが、「あんた慰め方知らないの?」と俺を見上げて言ったのでチューしてやった。
5秒はあったと思うよ?短くはなかった。力も必要なかった。そしたらさ、
甘受した後、ドンと突き飛ばされて、バチン!と平手打ちよ。
「こんな人前でキスしないでよ!」
俺も言ったよ。恥ずかしかったから小声で。
「こんな人前で引っ叩かなくてもいいでしょ」って。
そしたら彼女悪そうな顔で笑ったね。

だから二人で静かな場所に行ったか?って言う話は記憶が定かじゃございません。

 

後日、美樹さんに聞いたのは、「洋くんはね、履いてる靴が可愛かったの」だと。
女は怖いよ。

 

 

 

 

 


話を続けようか。

 

美樹さんと洋さんと俺の関係というのは少し不思議で。


結論からいうと、美樹さんは今はどこで何をしてるかもう不明。洋さんとは数年に一度くらいは飲む。彼は結婚してマンションも買って子供も3人いて、これは幸せというんでしょ?いろいろ話を聞くとあまり羨ましくならないんだけど(笑)。
俺はまあこんな感じ。

 

俺は高校3年に上がってすぐ上京した。
洋さんは高校卒業後就職も決まっていたが、不良の美樹さんに煽られて二人でとりあえず東京に出て来てしまった。
とりあえず出て来てしまったので、俺が一人で借りてるワンルームに来やがった。
こっちは田舎に恋人を残して出てきたばかりなのに、ベッドのすぐ下には恋人同士がイチャイチャしてるんだからしてないって言われても困ったものだった。

彼らは一週間ほどで出て行った。
それから会うことはなかった。
携帯電話の時代になる何十年も前の話で、俺は当時1年ごとに住まいを変えていた。
住まいを変えるごとに必要最低限の物と必要最低限の連絡先だけ残していく暮らし。

いつだったかまったく思い出せない。
新宿で夜だった。
東口の駅前で洋さんと美樹さんにばったり出会った。
引っ越したことを連絡しなかったので責められた。
俺は人から初めて言われた。
「友達だろ?」
まあ別に、友達だけど。友達はこれまでもたくさんいたけど、わざわざ言う人は今までいなかったので、この台詞は架空の言葉だと思ってたから面白かった。

たぶんこの頃は杉並の方に住んでいた。21歳か。

ちょっと印象深かったことがあるので書く。

俺はその頃トラブルに巻き込まれたりしていて、よくコテンパンにされていた。
当時の恋人がとても心配していて、一緒にいても俺が刺々しくならないようにいつも心を痛めていたそうだ。というのは「後から」聞いた話です。
二人で杉並のアパートに帰る途中、改造スクーターに所謂コルク半、ハーフキャップのヘルメットを被ったやつが踏切待ちをしてたところに通り掛かった。
俺がそいつに近づこうとしていったら、彼女が「やめてよ」と止めるのだが、俺はおかまいなしに近づいて行って背中をぐいと引こうとしたら、彼女がものすごい力で俺を引っ張ったのでびっくりしたが俺の手はもう背中に触っていた。
スクーター乗りが振り向いた。洋さんだ。分かってたから。
「あ、彼女と一緒か」と言って洋さんは帰って行った。彼女は半ベソかいてたので、俺は自分は別にそういう人じゃないって信じて欲しいと説得するのが大変だった。

洋さんはよく遊びに来た。
その頃は確かバイクで20分くらいのところに住んでたと思う。
美樹さんの話は出なかったので聞かなかった。
二人でボアアップしたスクーターに乗って、湾岸の方まで行ったりしてたからまだ少年ですね。酒も飲まないしギャンブルもやらない。何が楽しかったのか分からないけど、二人でいるととても楽しかった。
思い出した。
まだ田舎にいるときに、スクーターに二ケツして雨が降ってたから傘さしてノロノロ走ってたら警察に捕まりました(笑)。厳重注意で帰されたけど。たぶん1985年。おそらくまだ50ccバイクはノーヘルが許されてた時代だと思う。古代ですね。


1年後に初台に引っ越した。

その頃には俺は会社員になっている。洋さんの口利きでもぐりこんだ。思えば、杉並のアパートに住んでいていろいろくすぶってるとき、「おまえも来ないか?」と彼が誘ってくれなかったら俺の人生は今頃どうなっていたかよく分からない。あのとき俺は選択した。

洋さんと美樹さんは確か日吉に住んでたと思う。そのときかどうかは分からないが一度は二人は日吉あたりに住んでた。
そのあたりから毎晩のように車で遊びに来た。
ここらへんは記憶が曖昧だ。
六本木にも毎晩のように行っていたし、俺の住んでた初台のファミレスにも毎晩のように行ってたし、三宿あたりがまだ面白かったのはあの頃だったような気もするし、20代前半は場所も人もイベントも多過ぎて抽出するのが難しい。30年前だ。記録もない。
ただ、行って何をするわけでもない。食べて飲んでおしゃべりするだけ。
それで夜が明けていく頃に二人は帰って行った。

 

断片を書いていく。

六本木に一誠という居酒屋があって二人によく連れて行ってもらった。今はどうなったか知らない。あそこの一誠サラダは絶品だった。接客も品があったし、客筋も良かった。勘定も妥当だった。後年、俺も時々女の子を連れて行った。

洋さんはホンダN360に乗ってたことがあって、天井にカビが生えてたので、「星が見えるねえ」と言って笑ってやった。

美樹さんに、「マナブくんはすごい性格が悪かったけど、昔の方がカッコ良かったよ」と言われたことがあった。

ある晩、三宿のカフェバーで「俺たち別れることにしたんだ」と言われた。
そのとき俺はあまりの悲しさに泣いてしまった。
まるで親が離婚するかのような気分だった。これは今気がついた。

新丸子のマンションの部屋がひとつ空くので俺が入ることにした。
美樹さんは時々新しい男のところから洋さんのところに帰って来た。
バスルームの脱衣スペースとダイニングに仕切りがなかったが、美樹さんはダイニングでテレビを見てる俺たちに構わず裸になるので俺は目のやり場に困った。

あるとき、夜中にふと目が覚めたら美樹さんがベッドサイドに枕を持って立ってたので、びっくりして「どうしました?」と訊いたら「ちょっと横にどいてよ」と言うので、それはさすがにマズいから飲みましょう、と言って二人でダイニングで飲んだ。
ダイニングテーブルは俺が奮発して買った大きくて上等なやつだった。
俺たちは他愛もない話だけした。
美樹さんとはけっきょく他愛もない話しかしたことがなかった。俺が14歳のときに知り合って、このときはたぶん22くらいだろう。
本音を聞いたことは無かったし、言ったこともない。不思議な仲だった。
美樹さんはかなり飲んで吐いた。

後日、ダイニングと脱衣所を仕切るカーテンをつけるために天井にカーテンレールをつけてカーテンをぶら下げたが、美樹さんはもう来ることはなかった。

洋さんと俺は別の会社になっていたが、一緒に出勤していた。
二人とも満員の電車が嫌いだったので洋さんの車で出勤していた。当然、洋さんは自分の会社までしか行ってくれないので、俺はそこから電車で自分の会社に行くのだが毎日30分遅刻していた。誰も文句は言わなかった。

洋さんの妹が田舎から遊びに来たことがあった。
洋さんとしては、俺に預けたかったらしかったが、お互いちょっと無理だったな。
いい女だったけど(笑)。
今はまあまあ幸せにやってるらしい。

俺の高校時代のバンド仲間の当時の彼女が田舎から遊びに来て泊まって行った。
その頃、俺と洋さんは趣味でバンドをやっていて、ちょうどライブがあった。
優は俺に、高校時代からの親友が高円寺に住んでるからライブのときに紹介すると言った。
松雪泰子にそっくりだから、マブさんびっくりするよ。大事にしてね」と言われた。

ライブの打ち上げで優から桂を紹介された。
松雪泰子にそっくりでびっくりした。デパガだった。
連絡先と次に会う約束を取り付けた。

新丸子と高円寺を車で行き来する毎日が始まった。

洋さんが妹が上京したいらしいと言ってきた。
俺は桂と一緒に住むことにして新丸子を引き払った。
引っ越しはバンドのメンバーが手伝ってくれた。