野良猫の話(記録用)


こちらはInstagramに投稿した「文章」の拡大版です。



一度だけ本気で、ネコを飼うのかな?と思ったことがあって。

代々木上原に住んでるときに、あの辺は割と古い住宅地で夜は静かなんですよ。
バクティと夜散歩してたら、野良猫がゆたっと近づいてきたんですね。普通はあり得ない。
でまあ僕はリードでピピっとコマンドを送ってバクティに相手を驚かせないように指示したら彼はすっとしますよ。
で、二人で立ち止まってたら驚いたことにそのネコちゃんが僕の脚をさすーっとして回って、それからバクティのところに行ってさすーっとしたんですね。
いやもう、僕はネコとコミュニケーション取るのが不得意なのでびっくりしましたよ。バクティはピタリとも動かなかったです。
それで挨拶が済んだので、じゃあ行くよって僕らは歩き出したんですが、ネコちゃんがまあさすがに並んではいなかったですが一緒に来たんです。
しばらく一緒に歩いてて、その子は疥癬ですかね?毛が半分くらいなくて、まあまず風呂だなあとか考えてました。部屋にいるマシェリに電話したかもしれない忘れたけど。いや、したな。許可を取った(笑)。

ある所、階段を降りるところでネコちゃんは止まりました。
僕らは降りてからしばらく声を掛けたんですよ、一緒に帰ろうって。でもその子はそこからは一歩も降りて来なかったですね。何度も僕らは昇り降りして促したんですが来なかった。
まあそういうものかと納得して僕らは帰ったんですが何度か振り返りましたけどずっと見送ってくれてました。
それ以降、会うことは無かったですね。


ある晩、同じ道で声を掛けてくれたおばさん(当時俺はまだ若かった!)にネコのことを話したら、その子は近所の若いOLさんがもともと面倒を見てて定期的に病院に連れて行っていると聞きました。


まあ、ブログにすると長くなるし書く時間が無いし大した話でもないのでインスタに投稿したので以下は蛇足です。


僕は別に猫は嫌いじゃない。まあ正直にいうと消極的に好きという感じですかね(笑)。
仔猫はやっぱり可愛いし、飼えばたぶん習性というか関係性も確立出来て上手くやっていけると思いますが、僕は犬派です。


犬を連れて散歩をしていて、野良猫(地域猫)に出くわしてた場合、僕は絶対にバクティを近づけませんでした。
理由は別に説明する必要は無いですね。そこは邪魔してはいけないから。
もちろん犬ですからバクティは寄って行こうとしますけど、リードで制御すればすぐやめますから猫たちの邪魔はしません。

だからびっくりしたんですよね。上に書いたネコちゃんがこっちに来たときは。
普通は無いでしょ?
確かに人懐っこい地域猫ちゃんはまあいますよ。僕も小学生の頃は友達と小屋で猫を飼ってました。野良猫を餌付けしてたってだけの話ですが。

二十歳くらいで杉並のアパートに住んでいたとき、裏をねぐらにしていた猫がいて、あるとき仔猫が何匹もニャーニャー言っているのでスーパーでツナ缶を買ってきて窓の下に置いたら親猫が食べてくれたので撫でようとしたら本気で引っ掻かれました。
バンドマンの先輩の家で猫を飼ってて、あるとき理由は忘れましたが留守番を頼まれて、これでも食って待ってろって言われて寿司の折り詰めを渡されたんですが、食べてたら鴨居から猫が飛んできて驚いたことがありましたね。そのときは立ったまま睨み合って寿司を食いました。
いや、別に悪い思い出だけじゃない(笑)。
他は基本的に可愛い思い出しかない。
猫を飼ってるお宅にお邪魔してリラックスしているとネコちゃんが膝の上に乗ってきて丸くなったりするじゃないですが。可愛いッスよね。あれ。最初のうちはいいんだけど、動けないし重いからだんだんしんどくなってくるんだよな(笑)。

マンチカンを知ったときは少し考えましたね。
一人暮らしで犬を飼うのはいろいろ難しいけど、猫の場合は大丈夫的な考え方ってあるじゃないですか。それでマンチカンのあのフォルムでしょ?
まあ考えただけですけどね。

一人暮らしで犬を飼うっていうのはバクティを飼うより前に一度本気で検討したことがあるんですが、その話はまた後で書きます。


代々木上原で僕らに近づいてきたネコちゃんに関しては本当にこれは引き受けようと思ったんですよね。
向こうから近づいてきて、しかもバクティにまで近寄ってた。
みすぼらしい姿で、でもそんなネコちゃん後にも先にもあの子だけでした。


思い出しましたけど、僕はほとんど取り乱してマシェリに電話をしたと思うんですよ。
もうこれはしょうがないよね?とか、だって向こうからですよ?みたいな。皮膚病の子がひとり増えたって関係ないじゃん(バクティも皮膚疾患があった)みたいな。もう決まりだから的な。ね?ね?みたいな。

彼女は連れて来ないでとは言わなかった。

 

断念した記録

 

 

 

 

申し訳ない。本音はここには書けない(笑)。


だいたいのテーマは、僕は穏便な人間ではない。というところでした。
それ以上の細かい話は自分で書いててもなんだか言い訳くさくて気持ち悪いからここには書かないでおきますよ。

 

 

 

 

あと僕個人の感想です。
ごめんな。
僕には相乗効果には思えない。
でもそれで楽しかったのならこっちが間違ってる。
そう思ったから居場所が見つからなくなっちゃった(笑)。
ね?

 


あとは言えないわ。

 

天使の話



あの子は新宿にいた。




三崎で彼女と初めて写真を撮った。



それからずっと、彼女は俺の天使だった。

 

二人の間に言葉はいらなかったし、俺たちの間にはロックがあった。

 

あの子は俺の天使。

天使はいつも俺の近くに寄り添っていて、掴むことが出来ない。

彼女はウフフと笑った。

 

彼女は俺のことをずっと考えていたと言って俺を呼び出した。

現れた俺を見てとても喜んだよ。



絵を描いてくれて、また描いてあげると約束してくれた。

 

カレーを食べればいいと教えてくれた。




俺はぜんぶ裏切った。



あるとき天使を手離した。



もう帰って来ない。



後悔しても遅くってさ。





5年後の秘密

 

秘密というものにも種類があると思う。



「誰にも知られたくない」ものは秘密ではなくて忘れてしまえばいい。

公には出来ないけどプライベートな場でなら言える。程度のことはまったく秘密ではないな。

親には内緒。これは秘密的ではある。

本当の友達にだけしか言ってないこと。これも秘密のひとつだろう。

二人だけの秘密。これは秘密だ。



私だけの秘密。これこそ秘密だ。



ここに俺は踏み込んでみたいと思う。

今の俺には秘密が無い。つまらないことだ。

もちろんすべてをさらけ出して歩いているわけではないが、基本的に自分のことについて何か訊かれたらすべて真実を丁寧に答える。訊かれたらね。

訊かれてもいないのに丁寧に説明している場合もよくあるね。

当然、過去についてもだ。この話はいいや。

 

20代の頃はどうだっただろうか。

多少ミステリアスだったかもしれない。

その頃の自分を記録しておけばよかったと後悔が少しある。

 

「事象」と「心情」。

 

驚くほどたくさんのことがあったはずだ。

 

そして、表の顔と裏の自分がいたと思う。

俺の過去の話はどうでもいいか。




俺が思うのはね。「秘密」の中にある、一定の条件を満たした秘密についてだ。

 

当然、公には言わない。もちろん親にも内緒。親友にも打ち明けないし、恋人とはまだ共有出来ない。そして、私を知らない匿名の裏垢ではつまらない。

でも、誰かにバレたい。



そんな秘密ありませんか?



私の事を知っていて(顔と呼び名と、ある側面を)、相手の事を知っていて(顔と呼び名と、ある側面を)、その関係性に特殊な結びつきが感じられて、しっかりとした距離感と不思議な信頼性と少しの「スリル」がある。



そんな相手がいるとしたら、ロマンチストだと思わない?(笑)

きっと私の「事象」と「心情」の記録を綺麗な物語として読んでくれると思う。

勝手に補完して、偉そうに論評して、品定めして、分岐点を決めて、感動して泣いてくれると思う(笑)。





君が得られるものはもちろん貴重な人生の記録だ。

しかもこのアプローチに君が感応することが出来ればひとつのテーマ(挑戦)が生まれる。



この瞬間は誰にも教えられない秘密だけど、このまま誰も知らないで終わらせるほど私の日常や非日常は無価値ではない。だから日々を生きて記す。

 

そしてまず「相手」に読ませる。

 

少なくともさ、始まりの相手はそれを与えた者だよ。





だから5年後、俺たちがまだ俺たちだったら、それを見せてくれないか。

2020年1月1日から5年間。

もちろん忘れちまう。

俺だって消えちまうかもしれない。

それでも2020年から5年間。

書き続けたならときどきは思い出すだろう。

この物語はマブさんのために書いてるかもしれないと。



そのせいで君は書かないかもしれないし見せないかもしれない。



だけど俺は今こうして関係を投げかけている。

 

心も身体も信用出来ない老いぼれがさ。

若いお嬢に5年も先の話をしてるんだ。



「夢」なんだよ。



俺が生きていくことに惹かれ続けられるための夢よ。



君は毎日を芳醇に生きる。

その体験を記す。



すげえ宝物出来上がると思わない?

 

是非、読みたいね。



読んだらちゃんと返すからさ(笑)。



ジョーカーその前、その後?

 

仕事場における人間について書こうと思ったら、止まらなくなったのでこれ単なる愚痴じゃん?となったのでお蔵入りになりました。


映画「ジョーカー」については、やはり体験だったなあと思ってます。そして体験が終われば終わりだなという感じもありますね。過ぎ行く感情。
ただ手元に無いから。手元にあったらまた観るし、おそらく僕はBlue-rayを買うでしょう(笑)。

 


ジョーカーが公開される前に、僕のツイッターで話題になったのがメンタルの弱さについて。関係あるような無いようなあるような。


メンタルの弱さとは1でしかないことを20や30にまで膨らませて圧し潰されることで、不要に何かと関連付けて意味を見出すからだ、みたいな。想像力があるが故に脆弱性を持っているといった内容です。
そこに「クリエイティビティと不安症は同居するものだ」みたいな共感のリプライがつくわけです。
メンタルの強い人は「現象を現象として捉えて処理する」だけ。と。

僕もツイートを見たとき、「この想像力が無かったら俺の人生はつまらなかっただろうな」と思ったのですが、果たしてそうかな?

僕の友達で自称サイコパスの人がいて、自分には他人に対する共感力などが欠けているし、「マブさんがアイドルの歌を聴いて泣いているのを見ていて本当に羨ましいと思う」とまで言っていた。おまえの方こそアイドルのライブで充分沸いてるじゃねえか(笑)。

まあ今のエピソードは関係ないんですが、別にメンタルの強さと想像力の豊かさって反比例するものじゃないんじゃないの?と思うんですよね。

ただ難しかったのは、このメンタルの強弱について書かれたツイートはまあまあ広く読まれたはずなのですが、僕の見る限りでは「故の弱さ」に対する共感ばかりで、反論が無くてちょっと途中から気持ちが少し萎えました。←メンタル弱い

以上のことは訳あって直接引用せず編集してます。
以下はツイート文をそのまま載せます。


私はインターネットで重用される「共感」という語に強い警戒心を持っていて、その理由のひとつが「共感対象は時に感情を言語化する能力の育成を阻害するから」です。感情や感覚を見つけてながめてさわって名づける前に「共感できる」アカウントやコンテンツで「これこれ」と済ませてしまう。

共感するのが悪いんじゃないです。私が怖いのは「共感する」対象が潤沢に供給される環境をつくって自分の感情や感覚の言語化を外注しつづける、そういう人がたくさん出てくることです。感情や感覚を取り扱う能力は使わなければ萎縮するのです。共感対象というギプスをずっとつけていれば廃用する。

自分の感情や感覚を言語化する能力が衰えた人のところにやってくるのは誰か。搾取者です。「あなたは今こう感じている」「モヤるよね、その理由はこうだ」と言ってくれる存在ーー支配欲の強い人間、悪辣な商売、そしてファシズム。私は大げさな話をしているのではない。とても身近な話をしています。

これは前述したメンタルについての話題より前にツイートされています。まったく関係はありません。


いくつかのことを考えました。
「まさに自分もそれ思った!」みたいなやり取りって日常的にありますよね。
それは別に当たり前に普通に日常。
ただやはり相手に依るなと。相手が相互理解者だったら問題ないと思いますが、たとえばテレビ(ワイドショーのコメンテーターだったり、或いは恣意的なニュースだったり)だったり、映画だってそうでしょう?
それって頭で考えてないよね?って。操作されてない?って。

まあこれ以上は書かない。

趣味の知人っているじゃないですか。
僕なら昔は犬飼い仲間。今はアイドルヲタクです(笑)。
共通の趣味を持っていても共通の「思想」を持っているわけではないので、ダチトモになれるかなれないかは様々です。
僕は別に考え方が違うから友達にはなれない、とかいう話はしません。


まあ、こっから先はまた長くなる(苦笑)。


・想像力とメンタルの強弱は関係あるか?
・共感という一言に洞察はあるのか?
・ジョーカーという映画の結論は?
・寛容とは無関心ではないのか?
ダイバーシティ
言語化難しー!

といった感じですかね。


ほら、1のことを膨らませるからさ(笑)。

 

映画「ジョーカー」

 

以下の文章は10月7日の月曜日に書き始めました。










俺が病んでるかとかもうどうでもいいじゃないですか。

そこらへんはあなたから見た私、僕から見た世界、の話よ。




で、映画「ジョーカー」を観てきて何やら書くんですが一切配慮しないので申し訳ない(笑)。







当たり前の前提を何度もするんですが、すべての知覚は相対ですからこれは僕だけのジョーカー体験になります。



それにしても二度と観たくないぐらい格別な映画でした。

「凄い」「ヤバい」という表現を使って僕は「良い」ということを褒めたりしますが、ときに「観るんじゃなかった」とか「読むんじゃなかった」、などとも言います。

 

出会ってしまったが故に人生が変わってしまう何か(誰かとか)というのがあります。

まあジョーカーがそこまでかというと、今の僕は「二度と観たくないけど観て良かった」という表現になりますかね。まあこれらは僕特有の大袈裟な表現なので所謂「盛って」書いてますけど(笑)。

 

非常に難しいのは、エンターテインメントは確かにハッピーだけではなく、ときに人は「陰惨」「陰鬱」なものを楽しんだりしますが、じゃあこの作品を人は感情のどの部位でどの程度の深度で何を感じて「楽しむ」のだろう?という素朴な興味がありますね。

映画というのは「種類」が限りなくあるじゃないですか。何映画ですか?これ。

そして冒頭に書きましたけど知覚は相対だと思ってます。

別に深読みすることは何一つ無いのですよ。

でも僕には映画の解釈よりも、観た人がどれだけ「血を流した」かにとても興味がありますね。

いやあ突っ走るなあ、俺(笑)。

 

難しいと言ったのは、筋を書いたら割と普通に想像通りなんですよね。

もちろん裏切りのカタルシスはありますが、ストーリー自体はシンプルです。そうか、そこは「万人向け」なのかな。

テーマも記号的に言えば「虐げられた者が目覚めたとき」みたいなものじゃないですか。まあ面白くないので「悪に」とは書きませんが。

ということは映画としては普遍的な、よくあるやつ。なんです。

ところがジョーカーがヤベえのはその歪さの匙加減なんです。

ハリウッドメジャーが超有名キャラクターの作品を大々的に公開したんですが、これ、面白かったの?どこが?どんなふうに?って訊きたくなる映画なんですよ。




じゃあ僕の話をしますよ。やっと(笑)。

聞かなくても分かんじゃん。

僕は中身の無い人間なのでって言うとまたふざけやがってって言われるか(笑)。

まあ表層的に書けば、いろいろ経験もあって「知ってる」し、当然心に昏い森もあるし、物語は入り込んで楽しむタイプなので思いっきりジョーカーになり切って観ましたよ。

僕が物語(=自分では無いもの)を好きなのは、やっぱり自分の想像を超えた体験が出来るからなんです。

でもそこで思うんですよ。

味わい具合って人それぞれだけど。って。

 

ただ、アベレージ的なものはあると思うんですよ。

あくまでアベレージね。アベレージとしてステイサム映画を深刻に観る人はあまりいないでしょ?(笑)

その、まあ深く考える必要なく楽しめる「エンタメ映画」とか呼ばれるアクション映画を僕はステイサム映画と呼んでいるのですが、大好きなんですよ。

確かにある種の侮蔑的要素を含んだ表現になってますけど、ジェイソン・ステイサム本人も自身のキャリアに於いて「トランスポーター」を諧謔しているのでこれはこれで有りなんです。大好きですよトランスポーターシリーズ。

ジェイソン・ステイサムについてはまたいろいろ語りたいんですが、まあ置いておこう

(笑)。

 

だから、そういった乗っかってしまえば運んでくれるエンタメ映画とジョーカーは違うのは確かじゃないですか。

僕はジョーカーの予告編をツイッターで見て、「最高に病んでる映画らしい」という話をチラっと見たときから映画の情報を一切シャットアウトしたんですよ。

何にも入れない状態で観たかった。

で、昨日観たばかりなのでまだツイッターNGワードから外してないしネットの評判もまったく検索してないので、つまり世間の評価をまだ知りません。

 

迂闊なことがあって。

ひとつは観る前に、ある別の映画について書かれているリツイートを読んだときに面白かったのですが、スレッドになっていて一部表示されなかったんですね。

それってツイ消しの痕跡だろうと思ってよくあることなので特段気にせずにそのツイ主の別のツイートを読んでみたくてアカウントを開いたんですよ。

説明が雑だったらすみませんが面倒なので進みます。

映画の評論的なことを書いている人のアカウントで、有名な人かどうかは知りませんがとりあえずなんとはなしにスクロールしてたら、さっきのツイ消しの痕跡はツイ消しじゃなくて僕が自分で設定したNGワードツイッターがちゃんと非表示にしてくれてた痕跡だったんですよ!

そういう仕様だと初めて知ったのですが、アカウントまで行くとNGワードでも表示されるんですね。ミュート機能と似たようなものかと理解しました。

だから見てしまったんです。「ジョーカー」というワードを含んだツイートを。ジョーカーを観る前に。

 

僕が面白がったリツイートは一連のスレッドで、簡単にいうと「Vフォー・ヴェンデッタ」と「ジョーカー」は同じストーリーである、という解釈の話だったんです。

ネタバレじゃん!

迂闊でした。curiosity killed the catですよ。いや違くない。

えー!?チクショー!と思いましたけど、まあぜんぜん傷は浅かったですね。

今改めて思うと非常に面白い解釈ですね。

ジョーカーとの類似性を書いた後に、Vフォーは15年前の映画で現在の英国はどうだって話が連なってて刺激的だと思いました。

今後ジョーカーをNGワードから外したり、ネットで検索したりすると様々な感想や解釈や論考や解説やら何やらがいろいろ読めるでしょうがハードルが上がりましたね。

 

「ジョーカー観た面白かった」「キツかった」とかはぜんぜんいいんです。

まあぶっちゃけ後は好悪の問題になってしまいますかね。

つまり先ほども書きましたけど、「虐げられた者が悪に目覚めて復讐に立ち上がり民衆のヒーローに祭り上げられる物語」みたいな箇条書きをされたらげんなりするんですよ。

僕はジョーカーを観て血を流した人の文章を読みたいから探すと思うんですが、その中に表層的な感想がたくさんありそうで面倒くさいなあみたいなところもあって(笑)。

「こういう映画に影響されてバカなことやるやつが出てきそう」とかね。その貧しい「共感力」の中から血まみれを探さなかなきゃならないかもしれない。

まあ、ぼちぼちやります。やんねーかも(笑)。



もうひとつ迂闊だったのは観た後だからまだ良かったんですが「JOKER」表記です。

これはNGワードにしてなかったし、ひとつも無かったんですよ僕のツイッターでは。

何故か昨日の帰り道に突如現れましてね、たったひとつ。

内容は「アメリカで物議を醸してる」的なことでした。ポリコレを無視してるとかなんとか。まあ影響力の話だったかも。

よく読まないで閉じたので分かりません(笑)。

 

あとあったのはゴッサムと70年代のNYとの類似性の指摘ですかね。

これを「違うだろ」という論調で書いてるのも「ジョーカー」の文字が入ってないので出て来てしまいましたが、ネットニュースの記事のコメントだったので記事は読んでません。

そこらへんの背景的なものは今はあまり興味がない。後で町山さんの情報に当たってからいろいろ調べると思います。

観たい映画があったら町山さんの情報は絶対観る前に入れないですね(笑)。但し、観た後は入れたい。金払ってでもってやつです。観る前に入れておくとより深く理解できる情報も教えてくれるんですけど、いかんせんネタバレ前までぜんぶ言っていただけてしまうので(苦笑)。

なので、観る前は我慢して、観た後に勉強させてもらって、後でもう一度DVD等で確認する、という手法を取ってます。



ぜんぜん自分の話してませんね。

するかよ。

 

断片しか憶えてないので、説明できる印象的だったシーンを紹介します。

 

初めの方にアーサー(後のジョーカー)がピエロの仕事中に襲われます。

ただ非行少年の憂さ晴らしのためだけに暴力に曝されて路地裏で横たわるのですが、全身が映された路地裏のカットで衣装のアクセサリーの胸の薔薇から何か液体が滴り落ちるんです。

普通に考えれば血なのでしょうが、それにしては色がちょっと薄い気がしたし、銃で撃たれたわけでもないのに妙に長く滴り落ちるんですよね。薔薇の花から。不自然。なんだろ?と思ってると、ドーン!と「JOKER」のタイトルが大写しになるんです。

 

僕がジョーカー世界に入るきっかけ的なカタルシスはこれも割と最初の方に来ます。

理不尽が重なり仕事をクビになったアーサーがガラガラの地下鉄に揺られていると、ゴッサムでは勝ち組の電通(じゃないけど(笑))の酔っぱらったリーマン3人組が乗って来て同乗していた若い女性にハラスメントをします。

その「嫌悪感」か「緊迫感」的なものから?脳に病気のあるアーサーは大声で「笑う」発作が出てしまうのですが、それで電通マンは当然「なんだてめえバカにすんじゃねえぞ」となり、殴る蹴るの暴行を始めます。抵抗できないアーサーは咄嗟に同僚から半ば強制的に渡されていた拳銃で相手を撃ち殺します。

このシーンはシビれましたね。最高にスカッとしました。

悪役を撃ち殺すシーンは何万と映画の中にありますが、これほどまでに突然にスカッと、ただの六本木の調子に乗った、けど自分に暴力をふるってきた、いけ好かない野郎どもをぶっ殺す痛快なシーンは他にはあまり思いつきません。この流れは最高に溜飲が下がります。

一人取り逃がしそうになるのですが、しっかり撃ち殺します。やっちまえ!!

 

そして初めての突発的な殺人ですから焦って一目散に逃げます。

ビビってどこだったかのトイレに逃げ込みます。

 

そこで落ち着きを取り戻したとき、すら~っとキレイに踊るんですよ。満ち足りた仕草で。

 

最高でしたね。それが描かれてたし、僕はそう捉えました。



但し警報が鳴りました。

まだ映画始まったばっかじゃん!

絶対これから絶望させるつもりじゃん!

見え見えじゃん!!!!

てね。



案の定、でしたね。





僕のクライマックスは母親のカルテを読むシーンですかね。

ジョーカーが難しいのはどれが「本当」で「現実」でどれが「嘘」で「妄想」なのかなんだか最終的に分からないところなんですよ。後で整理して見れば分かるでしょうがアーサーの世界に入るとよく見えなくなる。

で、母親が「あの子は泣けないんです」というようなことを言った記録を読んだ(映画では母親が証言する再現シーンがある)ところでアーサーは「笑う発作」を起こすんですが、僕はそのときやっとこれは脳の病気という記号ではなく、彼は「泣いている」、嗚咽なんだ、と気づき、涙がこみ上げてきました。「笑う」ときは基本的に高笑いなんですが、それは号泣ではないんです。嗚咽です。

僕の解釈です。



正直やっぱり気持ち悪いんですよアーサーって。

見るからに神経過敏そうで、映画だから彼の置かれている状況や心象風景が語られますから同情的にはなりますが、実のところ自分の「恥部」を晒されてるようなところもありますから感情移入しながらも嫌悪感が確かにあるんです。

そして非常に差別的なことを書きますが、病気とはいえ笑ってはいけないところで高笑いされたら頭では理解しますし腹は立ちませんが違和感は本能的に感じてしまうのに打ち勝つほど僕は聖人じゃない。



でも、あそこまで語られたら僕も「笑い」ますよ。

それで僕は、そういった原体験は無いのですが、世の中にはそういうことが数多くある、ということを知っていて、その「凄惨」を知っている。つもり。何故なら興味本位で昔はその手の情報をかなり漁ったことがあるんです。深淵を覗こうとしたのですかね。

今はもう無理。見出しだけで退散です。



まあ、このぐらいにしておきますかね(笑)。

キリがない。

そういった訳で、映画エンターテインメントのプロたちが寄ってたかって作った作品がこれって何だろう?というそれを考えたときの「怖さ」もありますね。

これを世界中の人が楽しむ、売れると思って作ったのか、と。

文化?考えたの?金儲けのための?意義って何?ウロウロ…。



ターゲットが世界中にいたんですね。俺とか(笑)。





最後に、映画作品としてネガティブなことを書いておくと、クライマックス的に用意された暴動シーンの演出の凡庸さで200億点が100億点ぐらいに下がりました。けっこうガッカリ。

一緒に観に行った友人は当初そのシーンについて肯定的でしたが、説得されて(笑)最終的に僕に同意しました。

これは落差の問題で、暴動シーンそのものを取り出してみれば別段否定されるところは無いと分かってはいるのですがそこが問題で、そこに至るまで観る側を散々打ち砕くような歪な物語演出をしておきながら、暴動シーンは何故かいつもどこかで使われているような表層的な演出ではっきりと退屈でした。

ただ僕はその時点で既に視点が違ってしまっていたので、つまり僕は途中から僕のジョーカーを作ってしまっていて、その通りにならなかったから正に気が狂っていたのかもしれません。

 

友人からは、妄想だったことに対するフラッシュバックシーンは説明過多ではなかったかという指摘があり、僕はそれは観ているとき気になりませんでしたが言われてみれば無かった方がより「想像の記憶」=妄想が立ち上がったかもしれません。

つまり、逆に言うと暴動のシーン含め映画エンターテインメントとしては親切に作られてはいるとも言えますかね。いや別に皮肉は言ってない。

僕と友人はちょっとアレなんだと思います。アレ(笑)。

 

それからデ・ニーロのキャスティングは「高度」過ぎますね(苦笑)。

あれだけ底の浅いキャラクターに配役されて、しっかり軽薄に演じて見せたデ・ニーロの凄さが分からなくて混乱します。




ほら。何がなんだか分からなくなってしまったよ。













以上は、書かれている通り、映画を観た次の日に思うまま書いた文章です。

どうせ、これ以上にも以下にもならないのでそのまま出します。

 

後はせっかくだから主演のホアキン・フェニックスのことを少し書きますか。

といってもまあまあ観てます、ぐらいのもので、フィルモグラフィーを覗いたらそんな感じでした。

僕は案外と映画館で映画を観ない方なので、どの作品が最初のホアキン体験か定かじゃないんですが、やっぱりきっと「グラディエーター」でしょう。

ただ、僕はこの映画嫌いなんです(笑)。ビデオで観たんですが、観た後に当時の彼女とケンカしましてね(笑)。まあ、僕がまた不用意な一撃を食らわせて彼女がキレるというよくあるパターンなのですがワハハハハ。まあ、だからさ。この話はやめだ。

 

ホアキン主演の映画で好きなのが2本あって、「戦争のはじめかた」と「アンダーカバー」です。

「サイン」と「her/世界でひとつの彼女」も嫌いじゃないな。

戦争のはじめかた」という作品は一風変わった映画で、ドイツかどっかに駐留している米軍の兵隊の話なんですが、笑え、る、、、と思います(急速に自信がなくなってきた(笑))。

いやこれもまたとにかく変な映画なんですよ。トボけた映画というか。

たとえば「アメリカン・スナイパー」だったら僕らの属性でも想像力でリアルを感じられるとするじゃないですか。分かりませんよ?実際の戦場がどうかとか。でもまあ、違和感は知らない。

ところが、この「戦争のはじめかた」のアメリカの兵隊たちって、本当にこんな感じなの?というギャップがある。いやさすがにここまでじゃないだろ、と思うのですが、分かりません。

どんな話かいっさい書いてねえ(笑)。

コメディ・ドラマですかね。戦争映画ではないです。駐留してるだけだから。

調べてから観てもいいですけど、まあ好きにして下さい。特にお勧めはしませんが僕は気に入ってて何回も観てます。年に3回は観るかな。目安。

「アンダーカバー」は犯罪ものですかね。シリアスです。

ただこれは目当てはエヴァ・メンデスです!(大声)

エヴァ・メンデスとイチャイチャ。それがすべて。マジで。

と書いてしまうと終わるので、ストーリーはよく出来てますよ火サス的に。

簡単にいうと「火サス」=良く出来てるから悩まずに観られるドラマ、的なものだと思って下さい。

メンツもいいです。マーク・ウォールバーグが出てます。あとは何といってもロバート・デュヴァルですね。ゴッドファーザーのトム兄さんですよ。いやお爺さんになりましたけどね。

この映画は割とステイサム映画に近いところもあると思います。ジョーカーと比べればの話ですが。つまり「無問題作」です。すごく好きですね。なんか人はこういう作品は1回観たらもういらないみたいなのですが、僕はエヴァ・メンデス大好きだし、最後まで面白いことが保証されているが分かってるので何回も観てしまいますね。まあこれも年に3回くらいですかね。

12年前の映画で年に3回観てるということは、単純計算で(暗算いっさい出来ません)まあ30回以上は観てるだろうということですよ。30回...バカだな俺(笑)。

 

それ以上に観てる映画作品というのはいくらでもあって、その話はまたさ、長くなるから。いつか。




「ジョーカー」ね。

こんな俺に言えるなら言って欲しい。「観たよ」って。

 

すっごいうんざりした顔で訊きますよ。

「んで?」って。

 

そしたら是非、僕の心を殺して下さい。

あなたがジョーカーならば。




美樹さんと洋さんの記録

脈略も無く突然思い出した。


あれは確か17のときだったな。


前段から始める。

中学2年生のときに、私立の有名なお嬢様学校から俺たちが通っている公立の中学に転校してきた3年生がいた。
俺が住んでた団地から歩いて15分ぐらいのところに割と大きな整形外科医病院があって、そこの娘だ。美樹さんという。
私立の女子中学を放逐されてきたということはとんでもない不良ということだ。
俺たちの中学は別に荒れていなかったが、悪い連中がいないわけではない。
そのあたりとどう渡りをつけたのか知らないが、美樹さんはあっという間にカーストの上位に君臨した。まあ、頭も良くて飛び切りの美人だったからね。
美樹さんは俺のマブダチで市内一のモテ男だった慶太と恋仲になった。当時は人の恋路に興味がなかったので内情は知らない。
とりあえずそんな感じ。

 

俺は商業高校に入って、高校では大人しくしてて学校が終わったらバンド女バンド女バンドバンドバンド。
同じ高校に通う同級生より他の高校に通うバンド連中の方に友達が多く、洋さんという1個上のベーシストと何故かウマが合って毎日のように遊んでた。
二人ともパンクバンドをやっていたが、古いロックンロールが好きで、大通りに出来た箱バンがオールディーズの生演奏をする飲み屋に時々行った。
あるでしょ?ビートルズコピーバンドが毎晩演奏したりする店とか。六本木に。オールディーズならKENTO'Sあたりが有名だったな。
俺たちが時々行ってた店の箱バンのメンバーには大学生が何人か混じってて、実は俺のパンクバンドのメンバーが二人いた。だから少し安く入れたのだ。

ある日、店に俺が通ってる商業高校の1個上の先輩の女の子と美樹さんが一緒に来た。
「あらマナブくん、久しぶり」ということになって一緒に飲むことになる。
俺はその頃もう既に女性を「選別」する癖をつけていたので、二人に対しては特に興味を持たず音楽を楽しんでいた。まあそのときの会話を憶えてないってことはそういうことです。


一通り飲み食いして、では、そろそろ帰りましょうかということになった。
4人で外へ出て、なんとなく通りを歩き始めて、なんとなく二人対二人になった。
どっかの交差点で、先輩が「私たちはこっち」と言って俺に腕を回してきて洋さんと美樹さんたちとは別れた。
「なんだよ、ぜんぜん気づかなかったッスよ」「鈍感ね。ちょっと1杯つきあってよ」
というわけで俺は里佳子さんとバーに入った。

知っている人は知っているが俺は酒がほとんど飲めない。飲めない上に所謂酒で酔っぱらったこともない。ビールジョッキの一気飲みをさせられたことがあるし、ゆっくりだが日本酒を何合だか知らないがとっくり3本くらいは飲んだことがある。吐くこともあるし、顔は真っ赤になるし、身体がふらつくこともなくもない。ただ、頭の中が変化したことはない。説明。

里佳子さんは最近男にフラれたと言って、何かよく分からない酒を次から次へと注文して、しまいには泣き始めた。
里佳子さんはウチの高校では不良というか派手で目立つグループに属していて、目立たないようにしていた俺に校内で声を掛けてきたのは確か向こうからだ。

里佳子さんは男についていろいろと持論を述べて、「そうでしょ?」と訊いてくるので、「まあ、そういう男も多いけど、そうじゃないやつもいますよ」と答えた。
そうじゃないやつなんてどこにもいない、と言いながら里佳子さんは俺にしなだれかかってきて俯いて泣いた。しょうがないので肩を抱いて軽く叩きながら、俺はこういう場合はどういう流れなのかよく分からないので黙っていたと思う。若い頃はあまりおしゃべりじゃなかったのだ。

里佳子さんが、「あんた慰め方知らないの?」と俺を見上げて言ったのでチューしてやった。
5秒はあったと思うよ?短くはなかった。力も必要なかった。そしたらさ、
甘受した後、ドンと突き飛ばされて、バチン!と平手打ちよ。
「こんな人前でキスしないでよ!」
俺も言ったよ。恥ずかしかったから小声で。
「こんな人前で引っ叩かなくてもいいでしょ」って。
そしたら彼女悪そうな顔で笑ったね。

だから二人で静かな場所に行ったか?って言う話は記憶が定かじゃございません。

 

後日、美樹さんに聞いたのは、「洋くんはね、履いてる靴が可愛かったの」だと。
女は怖いよ。

 

 

 

 

 


話を続けようか。

 

美樹さんと洋さんと俺の関係というのは少し不思議で。


結論からいうと、美樹さんは今はどこで何をしてるかもう不明。洋さんとは数年に一度くらいは飲む。彼は結婚してマンションも買って子供も3人いて、これは幸せというんでしょ?いろいろ話を聞くとあまり羨ましくならないんだけど(笑)。
俺はまあこんな感じ。

 

俺は高校3年に上がってすぐ上京した。
洋さんは高校卒業後就職も決まっていたが、不良の美樹さんに煽られて二人でとりあえず東京に出て来てしまった。
とりあえず出て来てしまったので、俺が一人で借りてるワンルームに来やがった。
こっちは田舎に恋人を残して出てきたばかりなのに、ベッドのすぐ下には恋人同士がイチャイチャしてるんだからしてないって言われても困ったものだった。

彼らは一週間ほどで出て行った。
それから会うことはなかった。
携帯電話の時代になる何十年も前の話で、俺は当時1年ごとに住まいを変えていた。
住まいを変えるごとに必要最低限の物と必要最低限の連絡先だけ残していく暮らし。

いつだったかまったく思い出せない。
新宿で夜だった。
東口の駅前で洋さんと美樹さんにばったり出会った。
引っ越したことを連絡しなかったので責められた。
俺は人から初めて言われた。
「友達だろ?」
まあ別に、友達だけど。友達はこれまでもたくさんいたけど、わざわざ言う人は今までいなかったので、この台詞は架空の言葉だと思ってたから面白かった。

たぶんこの頃は杉並の方に住んでいた。21歳か。

ちょっと印象深かったことがあるので書く。

俺はその頃トラブルに巻き込まれたりしていて、よくコテンパンにされていた。
当時の恋人がとても心配していて、一緒にいても俺が刺々しくならないようにいつも心を痛めていたそうだ。というのは「後から」聞いた話です。
二人で杉並のアパートに帰る途中、改造スクーターに所謂コルク半、ハーフキャップのヘルメットを被ったやつが踏切待ちをしてたところに通り掛かった。
俺がそいつに近づこうとしていったら、彼女が「やめてよ」と止めるのだが、俺はおかまいなしに近づいて行って背中をぐいと引こうとしたら、彼女がものすごい力で俺を引っ張ったのでびっくりしたが俺の手はもう背中に触っていた。
スクーター乗りが振り向いた。洋さんだ。分かってたから。
「あ、彼女と一緒か」と言って洋さんは帰って行った。彼女は半ベソかいてたので、俺は自分は別にそういう人じゃないって信じて欲しいと説得するのが大変だった。

洋さんはよく遊びに来た。
その頃は確かバイクで20分くらいのところに住んでたと思う。
美樹さんの話は出なかったので聞かなかった。
二人でボアアップしたスクーターに乗って、湾岸の方まで行ったりしてたからまだ少年ですね。酒も飲まないしギャンブルもやらない。何が楽しかったのか分からないけど、二人でいるととても楽しかった。
思い出した。
まだ田舎にいるときに、スクーターに二ケツして雨が降ってたから傘さしてノロノロ走ってたら警察に捕まりました(笑)。厳重注意で帰されたけど。たぶん1985年。おそらくまだ50ccバイクはノーヘルが許されてた時代だと思う。古代ですね。


1年後に初台に引っ越した。

その頃には俺は会社員になっている。洋さんの口利きでもぐりこんだ。思えば、杉並のアパートに住んでいていろいろくすぶってるとき、「おまえも来ないか?」と彼が誘ってくれなかったら俺の人生は今頃どうなっていたかよく分からない。あのとき俺は選択した。

洋さんと美樹さんは確か日吉に住んでたと思う。そのときかどうかは分からないが一度は二人は日吉あたりに住んでた。
そのあたりから毎晩のように車で遊びに来た。
ここらへんは記憶が曖昧だ。
六本木にも毎晩のように行っていたし、俺の住んでた初台のファミレスにも毎晩のように行ってたし、三宿あたりがまだ面白かったのはあの頃だったような気もするし、20代前半は場所も人もイベントも多過ぎて抽出するのが難しい。30年前だ。記録もない。
ただ、行って何をするわけでもない。食べて飲んでおしゃべりするだけ。
それで夜が明けていく頃に二人は帰って行った。

 

断片を書いていく。

六本木に一誠という居酒屋があって二人によく連れて行ってもらった。今はどうなったか知らない。あそこの一誠サラダは絶品だった。接客も品があったし、客筋も良かった。勘定も妥当だった。後年、俺も時々女の子を連れて行った。

洋さんはホンダN360に乗ってたことがあって、天井にカビが生えてたので、「星が見えるねえ」と言って笑ってやった。

美樹さんに、「マナブくんはすごい性格が悪かったけど、昔の方がカッコ良かったよ」と言われたことがあった。

ある晩、三宿のカフェバーで「俺たち別れることにしたんだ」と言われた。
そのとき俺はあまりの悲しさに泣いてしまった。
まるで親が離婚するかのような気分だった。これは今気がついた。

新丸子のマンションの部屋がひとつ空くので俺が入ることにした。
美樹さんは時々新しい男のところから洋さんのところに帰って来た。
バスルームの脱衣スペースとダイニングに仕切りがなかったが、美樹さんはダイニングでテレビを見てる俺たちに構わず裸になるので俺は目のやり場に困った。

あるとき、夜中にふと目が覚めたら美樹さんがベッドサイドに枕を持って立ってたので、びっくりして「どうしました?」と訊いたら「ちょっと横にどいてよ」と言うので、それはさすがにマズいから飲みましょう、と言って二人でダイニングで飲んだ。
ダイニングテーブルは俺が奮発して買った大きくて上等なやつだった。
俺たちは他愛もない話だけした。
美樹さんとはけっきょく他愛もない話しかしたことがなかった。俺が14歳のときに知り合って、このときはたぶん22くらいだろう。
本音を聞いたことは無かったし、言ったこともない。不思議な仲だった。
美樹さんはかなり飲んで吐いた。

後日、ダイニングと脱衣所を仕切るカーテンをつけるために天井にカーテンレールをつけてカーテンをぶら下げたが、美樹さんはもう来ることはなかった。

洋さんと俺は別の会社になっていたが、一緒に出勤していた。
二人とも満員の電車が嫌いだったので洋さんの車で出勤していた。当然、洋さんは自分の会社までしか行ってくれないので、俺はそこから電車で自分の会社に行くのだが毎日30分遅刻していた。誰も文句は言わなかった。

洋さんの妹が田舎から遊びに来たことがあった。
洋さんとしては、俺に預けたかったらしかったが、お互いちょっと無理だったな。
いい女だったけど(笑)。
今はまあまあ幸せにやってるらしい。

俺の高校時代のバンド仲間の当時の彼女が田舎から遊びに来て泊まって行った。
その頃、俺と洋さんは趣味でバンドをやっていて、ちょうどライブがあった。
優は俺に、高校時代からの親友が高円寺に住んでるからライブのときに紹介すると言った。
松雪泰子にそっくりだから、マブさんびっくりするよ。大事にしてね」と言われた。

ライブの打ち上げで優から桂を紹介された。
松雪泰子にそっくりでびっくりした。デパガだった。
連絡先と次に会う約束を取り付けた。

新丸子と高円寺を車で行き来する毎日が始まった。

洋さんが妹が上京したいらしいと言ってきた。
俺は桂と一緒に住むことにして新丸子を引き払った。
引っ越しはバンドのメンバーが手伝ってくれた。