「ストーン・シティ」 ミッチェル・スミス

 

2004年10月22日にどこかに書きました。

 

昔、一度買って読んでいるのだが捨ててしまったのでまた買った。同じビデオを2回借りるのとあまり変わらない。

アメリカの刑務所内で発生した殺人事件を、囚人である主人公が解決する話。とにかくアメリカの刑務所は恐ろしい(前にも書いた気がする)。

ただ、私の心に強く残っていて、今度もまた買う気にさせたのは、飲食物の描写シーンだった。別段特に丁寧に記述されているわけではなく、実際に飲んだり食べたりしたら不味いに決まっているのだが(不味いと書いてあるし)、何故か懐かしい味を思い出した。子供の頃に食べた、駄菓子の味。まがい物の味。下品な味。不健康な味。

物語の中で「ジェロー」と呼ばれるライム・ゼリー。主人公はとてもじゃないが食べる気がしない代物らしい。

それで私は、子供の頃に駄菓子屋で売っていた常温の寒天ゼリー、合成着色料であざやかな緑色をしていたものを思い出した。

パン粉でかさ増ししてある卵焼きや、得体の知れない発酵ジュース、まだほんの20ページも進んでいないが、とりあえず食事のシーンが良かった。


ーーーーーここから別日に記述-----


ミッチェル・スミスの「ストーン・シティ」読了。

(といっても、少なくとも5,6回目だが)

きちんとした筋書きについてはネットにいくらでも転がっているだろうから、参照されたし。

主人公バウマンに感情移入できるほどの魅力はほとんどない。酔っ払い運転で少女を轢き殺し、混乱してその場から去ってしまうことで刑務所に入れられる。そこから遺族の神経を逆撫でするような電話をかけたりする。物語中何度も指摘されるが、自分が一番頭が良いと自惚れている。

だが、気がつくとバウマンの目になって物語を読むことになる。どうしたって他の登場人物よりもやはり自分に近いのだ。そして一緒に怖れおののいて凶悪な犯罪者の間で暮らしていく。


確かにアメリカの刑務所は恐ろしい所のようだ。そのことについてはたくさんの小説や映画で描かれている。映画「ショーシャンクの空に」や、「スリーパーズ」では、囚人(あるいは看守)のレイプシーンもある。私の知り合いの知り合いの知り合い(ようするに知らない人だが)も、空手の有段者でありながら、アメリカの刑務所内でレイプされエイズに罹った(有段者でなければ路上で金を取られるだけで済んだのかもしれない。あるいは路上でヤラれただろうか。殺されるだけで済んだだろうか。殺されるだけで?)。

私はまるで「I.W.G.P」を観て、池袋ってこえーと思う田舎者のようだ。歌舞伎町はおろか新宿へも怖くて行けない、ってことになる。

しかし「ストーン・シティ」となれば「トレイン・スポッティング」を読んでエジンバラこえーなどと思うとはわけが違う。

まわりには犯罪者しかいないのだ。凶悪で、タフで、飢えている。


LSD売買で収監されたリー・カズンズは、恐ろしい暴行を受ける(この描写は本当に恐ろしい。私は性暴力を心から憎む)。元からそういった素養があったか無かったかは記述がないが、それをきっかけに所内で”女性”として生きることになる。美しい”女性”としてしか扱われないからだ。

そういった”女性”、ホモセクシャルのオカマだが、そう珍しくはなく、庇護者の囚人と夫婦(恋人)のように暮らしている者たちも少なくない。

カズンズは白人の中ではひときわ美しい(といっても所内での話だろうが)とされている。カズンズが男らしく振舞おうとすればするほど、まるで少女が懸命に少年のように振舞っているような感じだという。逆に、ってことだ。


カズンズの可憐さにやはり倒錯した感情を抱いてしまう。

ダンスシーンから。


「気楽にやれ」と声をかけてやると、カズンズは少し肩の力が抜けたのか、顔に笑みのようなものを浮かべた。バウマンが盛んに足を踏み鳴らし、腰をひねり、尻を振って、おどけ役を演じているうちに、カズンズの動きからしだいに硬さが消えていく。そして、しばらくすると、ブルーのデニムのズボンと、プレスしたばかりのブルーのデニムのシャツに身を固めた美形の若者は、まるで奇跡のように、少女になって踊り始めた。その姿は、ベティが苦労の末に身につけた女らしさを、たおやかさの面でも、いじらしさの面でも、一途さの面でも凌駕していた。少女になりきっているばかりではなく、アングロサクソンの女がラテンに対して持つ、ほんのわずかな気後れまでも、みごとに表現されている。

(もちろん、ベティというのも男の囚人だ)

本当は随所に出てくるカズンズの話している様のほうがボーイッシュな女の子らしいのだが、抜き書きしづらいので、ダンスシーンにした。


しかしカズンズが美しくなる、ならざるをえない、美しいからこそ、絶え間なく降りかかる災難。悲劇的な結末。

私はバウマンとなって、刑務所内の命と命のやり取りに吐くほどの緊張を強いられ、友情に支えられ、高い塀の中、暗いトンネルの中、想像もつかない冒険をする。

なんとも読み応えのある物語だ。私にとって物語で良かった。

ほっ、と胸を撫で下ろす。貴重な読み物でした。英雄はいない。

 

 

 

 

2019年現在

この本は今も手元にあるんですよ。取り出せるところに。

確か解説にダスティン・ホフマンか誰かが映画化権買ったとか書いてあったと思うんですが、その話どうなったのかいまだに聞いたことないですね。


ノワールではないのか。サスペンスっていうのかな。娯楽としてすごく面白いですよ。
ただ上下巻なんですけどね。
文庫だし、貸しますよ(笑)。