在りし日の下北沢の思い出

 

ちょっと解説しておこう。今から書かれるのは15年前に書かれた15年前の記録なので30年前の話です。下北沢が再開発されるずっと前の話。

 

2004年12月10日記述

今から15年近く前。

先輩のバンドマン連中が下北の駅前で無許可路上ライヴをやるというのでビデオカメラ片手に美鈴という女の子を誘って見に行った。美大に通っていた美鈴は何やら大層な一眼レフをぶら下げてやってきた。

路上ライヴというカルチャーはいつの時代も無くならないが、当然違法行為なので、そのときもすぐ警察がやってきた。
最初の警告をしてすぐ居なくなるのだが、居なくなってまた始めるとやっぱり再登場する。
仕方ないのでドラムセットやアンプを片づけ警察(今度は片づくまで帰らなかった)が帰った後、今度はヴォーカリストが弾き語りでライヴを続行する。
弾き語りといってももともとストーンズマナーのバンドをやっている人なので騒々しい。地力のあった人なので声がデカい。
ほどなくして警察の人がまた来る。無駄な抵抗と知りながら「このぐらいいいじゃないか」と文句を垂れる。

私はその模様を撮影しようと近づいて行ったら、警察に「すぐ止めろ!」と怒られた。ので、密かに撮影するためその場を離れ美鈴と近くの階段に昇った。

アコースティックギターを抱えたヴォーカリストが警察と押し問答しているところへ、さっきからずっと遠巻きにブラブラしていたチンピラ風の二人連れがやってきて、「オマワリさん。そのくらいいいじゃねぇか、元気よくてよぉ」などと割り込んできた。
こういう人たちは酔っ払っているのか、キメてるのか、あるいは頭がおかしいのか度胸が全然違うのか、私などは警察というだけで怖れおののいて萎縮してしまうのに、彼らは全然おかまいなしで警察にからむからむ。
警察は一人が注意続行、もう一人がチンピラたちをなだめつつ引き離す。もちろんチンピラに言われたからといって衆目の前で警察が引き下がるわけでもない。チンピラ二人も飽きてしまったのか、またその辺をブラブラとし始める。

何度目かの警告も無視してライヴを続行したためか、「派出所まで来るか?ヲイ」という話になる。

そういうやり取りを私は少し離れた場所で美鈴とともにハラハラしながら見守っていたのだが、今度はそことはまた反対側でさきほどのチンピラ二人が何故か言い争いを始めた。
片方が兄貴分らしく、怒号を響かせながらいきなり相手に激しくビンタ!
これには警察もビックリし、こちらの方にはもう帰れと言い残し、チンピラたちの方へシフトチェンジした。

私たちは内心チンピラアニキたちに感謝しながら駅前から逃げた。
(彼らのパフォーマンスは、そんじょそこらのバンドマンの若造とは違うんですね)

 

そしてガード沿い(あそこは何と呼んだのか知らない)に屋台をはめこんでしまったおでん屋で、夜になり低いアーケードになった短い商店街が閉まってシャッター街になると、ビールケースをならべた上に大きな板を置いてテーブルにし、抜け道を塞ぐように”テーブル席”にしてしまい、打ち上げ。

私も車の中にいつも積んでいたアコギを持ってきて、みなそれぞれ飲みながら弾き語りが始まる。私たちはいつも、たとえばアニマルズの『朝日のあたる家』、ストーンズの『ハート・オブ・ストーン』、後は適当なキーでスリーコードのブルースナンバーをガナるのが定番だった。先輩のバンドマンたちは、その頃プロを目指して日々あがいていた人たちだった。歌やギターは本当に素晴らしかった。それでもプロになれないことがあるのは当たり前に分かっていることだが、もったいないことだったと思う。

その夜も大いに盛り上がった。

私はギターを誰かに渡してしまうと、ポケットからブルースハープを出して吹きまくった。吹きまくればなんとなくサマになる。

時折(というかそれなりに頻繁に)、駅から家路につく人たちが私たちの後ろをかすめるように通って行く。

私は酒は飲まないので、その恰幅のいいスーツ姿のサラリーマンが駅方向から来て、私たちの背中を通って帰っていったのを憶えていた。
ほどなくして、その人は戻ってきた。
私たちのテーブルにスーパーの袋をドサリと置き、「みんなでどうぞ」と言った。中はオニギリやビール缶でいっぱいだった。
私たちは感激し、皆で「ア、アニキ~!!」と叫んだ。
アニキは既に背中を向けて歩き出していた。私たちの声に片手をひょいと上げて、そのまま去っていった。

 

夜も更けてくると、別の場所で出来上がってきた、まったく知らない連中も混ざってくる。

2本のアコギと、持ち回りで適当に歌われるブルースジャムもやたらテンションが上がる。全然知らない連中に煽られて、私も下手なハープを必死で吹きまくった。


なかなかに気合の入った1曲が終わると、始終ニコニコして一行のことをカメラで撮影していた美鈴が私の隣に腰を下ろし、「今のはすっごく良かったね」と言って頬にキスをしてくれた。