バスケット 1984年

 

過去の「記録」です。

 

 

16歳の初夏。
見た感じは、
色が透き通るように白くてさ、髪はハネさせて短くて明るい色。
まつげがクリンとカールしててパッチリした瞳の目尻がキュっと上がってる。それでちっちゃな唇がぷっくりしてて真っ赤なもんだからもう釘付けって感じで。
ただ声はあまりよくなかったな。そんでもって性格もちょっとキツかった。
でもツンと上を向いた小さな鼻なんか赤ちゃんみたいに可愛らしくて睨まれると嬉しくなっちゃうようなコだったよ。
つきあった期間はすごく短くって最後はケンカ別れだったんだけど、今でももったいないことしたなーって思う。


同じクラスじゃなかったので接点はゼロ。
ある日、俺が部活を終えて体育館の奥にある部室からフロアを横切っていたら、目の前にバスケットボールが転がってきた。転がってきたほうを見ると色白の肌を紅潮させた女のコが立ってる。そんときちょっと不思議だったのは体育館の中には二人しかいなかったんだよ。俺と彼女だけ。
彼女はバスケ部で俺はボクシング部だった。
俺たちの部は大概他の部の連中が帰っちゃった後に帰るんだけど、そのときの彼女は残って自主連してたらしい。で、俺は俺で後始末が長引いて一人部室に残されてたってわけだ。


俺は肩に掛けてた荷物をばらばらと床に落として、前に転がってたボールを拾い上げてぽんぽん床につきながら彼女の方へ歩いていった。
で、彼女の前に来たときにスッと腰を下げてオフェンスの姿勢をしたら、彼女のほうもサッとディフェンスの姿勢になった。俺はニヤニヤしてたんだけど彼女はすっごい怖い顔してたね。そこで俺は(今はもう全然できないけど)背中からクルっとボールをまわしてターンして彼女をかわしシュートを決めてやった。ホントだぜ。俺は中学生のときバスケ部だったのさ。背が伸びなくてね~。
そんで、「わはははは。またねー」とか言ってカッコよく走り去って行った(つもり)。


それから2週間ほど俺は部活をサボってた。理由は飽きたから。なんつーか運動部マジでやるとかアレじゃね?って感じというかなんというか。
あるとき、昼休み時間に学校の敷地内にある寮の友達の部屋で一服つけて帰ってきた俺をなんと彼女が待ち構えていた。


「あんたっ、なんで部活出ないの?!」ほとんど仁王立ち状態だったぜ。
「ええええ?い、いやあ…。なんか面白くないからもう辞めちゃおうっかなー?、なんてー」とかシドロモドロで答えたりして。
「勝手にシュートして来なくなるなんて卑怯じゃない?!」
え?ええー?!と、思ったよね。
俺はそこで 「私ともう一度勝負しなさいよっ!」 って言われるんだと思ってすっげーおかしくなっちゃってさ。ゲラゲラ笑ってたら彼女は顔を真っ赤にして 「最低っ!!」 とか言って去ってった。


だから、俺はキャプテンと顧問の先生に詫び入れてイチから部活やり直したんだよ。
っていう理由はウソで、実は来るべき校内イベント(文化祭のライトバージョンみたいなやつ)の準備のとき、部活をサボってる生徒は敷地内の草むしりをさせられる罰があって、その名簿に俺が載ってるのをその日知ってしまったからなのだな(他にも幽霊部員はたくさんいるのに、ウチの部はなぜか俺だけだった!)。草むしりなんてやってられっかよ、とか思ってたし、色白美人に卑怯者と呼ばれたもんだからこれを機会に復活することにしたのさ。


で、それからはけっこうマジメにやった。
ボクシング部は弱小クラブでね。いっつも出てきてマジメにやってんのは5人くらいで、リングなんて当然無いから体育館の隅っこにサンドバッグ立てて、みんな壁に向かってちまちまやってんだよ。
俺たちが使ってた第一体育館はバスケットのコートでいうと2面あって、隣は女子バスケ部が使ってる。俺たちはステージに近い方(奥)で、そこは確か体操部とバドミントン部と共有で、設備もないし人数も少ない俺たちの部は隅っこが割り当て場所。
そんで終わりの時間が近づいて他の部が引き上げたら場所を広げて簡単なスパーしたり走ったり縄跳びとかうさぎ跳び的なことを最後にするのさ。
もう暑い季節だっつーのに長袖ジャージ上下の上にウィンドブレーカまで着込んだりしてさ。ま。気分だけだけどね。部活はマジメにやればそれなりに楽しいもので、夢中になって1ヶ月すぎた。


いつからそうしてたのか知らないんだけど、あるとき俺たちが最後のトレーニングしてるときに出入り口でこっちを見てる制服姿の彼女を見つけた。
彼女はしばらくこっちを眺めてる感じで、俺たちがクールダウンのストレッチやって床の掃除をして奥の部室に引っ込んで、クサイ用具の手入れして先輩から説教されて、着替えて出てくるときにはもう居ない。
そういう彼女の姿を何日か見かけた。
ストレッチしながら「あのコなにをしてんのかな~?」と思ってた。そりゃちょっとはね、もしかして俺のことを見てんのかな~?とは考えてたよ。


ある日の放課後、これから部活ってんで体育館に入ると、既にユニフォームに着替えてバッシューの紐を結んでる彼女のそばを通りかかった。
そこで、通りすがりながら少し前かがみになって、彼女の耳元に「今日、勝負してやるよ」って小声で言いながら去ってってやったのさ。
もちろん勝負する気なんて最初からないし、彼女のほうにそういう気があるとも思ってなかったけどね。ちょっとフザけてみただけさ。俺は振り向かずにスタスタ歩いていったので、彼女がどんな顔をしてたかは見なかった。振り向いたら視線で殺されてたかもね。ははは。


勝負してやるよ、なんて言ったところでこっちは部活が終わる頃にはもうヘトヘトになっててさ。
実は俺、彼女が部活終わってもしばらくシュート練習とかしてるからちょっとビビったりしてた。マジかよ!って。
で、俺たちは最後の最後に部室に引き上げて、いつものように残務処理して出てくるときにはもう体育館にはいつもどおり誰もいなかった。ちょっとなんつーか半分半分。ホッとしたのと少し残念なのと。


その頃は既に彼女は美人さんでヤロウどもの話題に上ることが増えてたし、俺も一度は接点があったから(といっても卑怯者呼ばわりですが)、ちょっと愛着が湧いてたっつーかまあ、何とかもう少しお近づきになりたいものだとも思ってたのさ。
なにしろ彼女のユニフォーム姿、特にあの白くてスラっとした足なんか最高だったからさ。ははは。


俺はあまり親しくはない同じ部の連中と体育館を横切って出入り口に出た。
そしたら出入り口から3段くらい下がる階段のところに彼女が座ってたのさ。なんつーの?膝を抱えるように座ってて。膝頭にちょこんとあごを乗せてさ。可愛いんだこれが!で、俺たちが通りがかるとサッと顔を上げて俺を睨みつけた(まあそーゆー顔なんだよ)。
だから俺は立ち止まって言ってやった(連れはみんなそのまま疲れた顔で遠ざかっていった)。

「なんだ。制服姿じゃ勝負できねーじゃん?」
そしたら彼女は下を向いて、それからまた俺を見上げて
「いいよ今日は。それより最近マジメにやってるじゃん部活」
「だってよー。退部すっと草むしりなんだぜ。卑怯者って呼ばれたうえに草むしりなんてすげーカッコ悪いじゃないですか」と、俺は言った。
そんですかさず、
「おまえんちどこだっけ?」と訊いた。
「○×町」
「じゃ、バス通?」
「そうだよ」
「大通りからも出てるよな?」
「大通り経由だよ」
大通りってのは俺たちの高校から一番近い繁華街っつーかまあ俺たちの街の中心地の繁華街の目抜き通りのことで。ここまできて誘わなかったら鈍感すぎてイタいんで、
「じゃ、あのへんのどっかでなんか食ってから帰りませんかお嬢さん」
って誘ったんだ。
「わたし、歩きだよ」
「じゃ、俺のZⅡで」これはバイクの名前だけど、俺のZⅡはもちろんチャリです。
っつーことですんなり話が決まったってことさ。
で、彼女と2ケツして大通りに向かい始めたんだけど、走り始めてすぐ彼女が後ろから言ってきたこと。
「なんでいいニオイすんの?」
「あー。これ実はですね。ベビーパウダー。なんでかっていうと、それを全身にはたきまくってるからです」(なにしろボクシング部はクセーだよ。それをどうにかしたくてね)
「へんなの」
「裸でパウダーふってる俺は確かにヘンタイだ。背中にふるのも上手いよ」


すると彼女は今まで掴まっていたサドルの下から手を離して俺の身体に手を回してきて、それから俺の背中に鼻をくっつけてふんふん匂いを嗅ぎ始めたもんだからテンション上がっちゃっておかしくってチャリがふらふらしたりして、俺は「くすぐってーよ!っつーか鼻息荒いよガハハハハ」と言ったら彼女も笑ってた。
「あんまり吸い込むと鼻の頭が白くなるぞ」って言ったら急に身を反らしたので、
「なるわけないじゃん。そんなにふってたらとっくに俺のシャツが真っ白になってるぜ」
と言ったら、それには答えず俺の背中に頬をつけてもたれかかってきた。
「寝たらシぬからね」
と俺が言うと、
「うん、大丈夫」と言って彼女は回していた左腕にもう一方の腕もまわしてきてガッシリ抱かれちゃったもんだからコーフンしちゃってヤバかったッスよ。


「…。ミカちゃん。彼氏いんの?」
「私の名前知ってたんだ?」
「Fのヤツに訊きました」ちゃんとリサーチ済みの俺。ははは。
「私もA組のコに聞いたよ」
「じゃ、ジョーって呼んでください」特に意味はなかったんだけどね。
「つまんない」と、間髪入れず刺すようなツッコミがきて、
「…たはは」って俺は苦笑しちまったのさ。そしたら、
「いないよそんな人」って彼女が言うから、
「ごめん。面白くなくて」って言ったら、
「違うよ。さっきの話」
「へっ?」
「彼氏いないって」
「あ、そう…」
「あ、そう、って」
「じゃ、好きな人とかいんの?」


っつーかさ、この状況でこんなこと訊いてる俺ってほんとはおかしいじゃん?だって二人でチャリ乗ってんだぜ?どう考えたって彼女は俺に好意を持ってるはずじゃん?
でもさ、こんな状況でもこういう話するのがティーンネイジラブだよね。なつかしくってキュンとしちゃうよな。
「好きな人っていうか…、気になる人は、いる」
「誰?」
「ゼッタイ言わない」
「そうね~。じゃあどんな人かだけでも教えてくれませんかね~」
「ねえ。何で知りたいの?」
形勢逆転を狙った一発だね。
言われたところで俺はギギーっとチャリを急停車した。
そして彼女が座ったまま倒れないようにチャリを押さえながら、サドルから降りてクルリと彼女のほうへ振り返り、すんげー作り真顔(←分かる?)で、
「Bにタケオってやつがいるんだけど俺と同じチューガクの。あいつがミカちゃんのこと好きだって言ってたよ」
と、言うと、
「知らないそんなコ」と彼女は言い、何か驚いたような寂しいような顔をして下を向いてしまった。
まあこの期に及んでクッダラネーこと言ったってことだ。そんなこと言ってどーすんだよ俺!と俺自身も内心思ったね。


焦った俺は、
「でもね、あいつに言っといた。ミカちゃんは俺がもらうって!」
ってもうマジ本気だったけど努めてバカみたいに軽薄に言ってみたんだ。言ってみたっていうかテレ隠しだね。
そしたら、
「フザけてんでしょ?」って下向いたまま言うもんだから、ちょっと次の手考えるまでに、
「まー、あれー?…。まず何か食いましょうね」
って言って、あたふたしてまたチャリにまたがって走り出したのさ。
さっきまで回してた腕はもう伸びてこなくて彼女はまたサドルの下を掴んでた。
それでもちょっと俺の背中の匂い(ってヘンな表現だなぁ)を嗅いでるのが分かった。
で、俺は軽口たたくわりに愛の告白なんてまともにできやしないんだけど、顔を直視しなくていいこの状況に乗じて一発決めてやることにした。


「ミカちゃん。さっきの話は冗談だからね」
「…分かってる」
「あー!あのね!冗談なのは途中までだからね途中まで!」
「…どっからどこまで…?」
「んーとね。んーとね。ミカちゃんは俺がもらうってところはホント」
「ウソでしょ」
「うん。ウソっ!(元気よく言ってみました!ってヤバい。またフザけちったぜ)…。
っつーかタケオにそう言ったってのはウソ。だけど…。気持ちは、ホントだぁっ!」
思わず叫んでる俺がいたりして、ああ青春だったぜ。


それから一瞬沈黙があって、俺ははっきりいって超テンション上がってマジで心臓がバクバク言ってた。なんでか必死でチャリ漕いでるし。っつーか立ち漕ぎしそうになって腰が浮いたんだと思う。そしたらするするっと彼女が俺の身体に腕を回してきた。
「なんかウソっぽいね」とさっきよりかいくぶん明るい声で彼女は言った。
それから、
「それって告白?わたしたちつきあうの?」なーんて訊いてきたもんだからまた焦っちゃってさ。
「あのね。俺たちつきあったらケンカばっかししそうだな。あなたイイコ俺ワルイコ。あなたマジメ俺不マジメ」
「わたしそんなにマジメじゃないよ」
「じゃあ問題なし!ってことでよろしく」
「なにそれよろしくって。わたしまだOKしてないよ」少し意地悪げに笑ってるのさ。


「俺がミカちゃんの気になる人ってどんな人か当ててやるよ」
「へえ」
「卑怯者でしょ?」
「卑怯者は嫌いだよ」
「じゃ、ミカちゃんよりバスケ上手い人でしょ?」
「1回シュートしただけで決められないよ」
「じゃ、どんな人よ?」
「いい匂いする人」
(わお~ん!吼えたね、俺は)
あー、もう俺のあのときの天にも昇る気持ちをみんなにも分けてあげたいね。つーか今の俺に分けてもらいたいよ。ま、いいか。


「あんたも言いなさいよ」
「あんたってあんた。マーくんって呼んで。ラブつけて」
「ラブの意味分かんないよ。マーくんの好きな人はどんな人?」
「仁王立ちで待ち伏せしてる人」
って言ったら彼女まわしてた腕を外して俺の背中をバーン!って叩きやがった。