怪談 「学校の怪談」

 

15年前の体験です(?)。

僕は無から話は作れないと言っておきましょう。

 

 

学校の怪談


公立の学校ってのは金が無いものなのか知らないが、生徒が帰った校舎はすぐに電気が消される。

いやそれは当たり前だとおっしゃるかもしれませんがね、俺がまだそこで仕事してるんですよ?


俺は教師ではないので、職員室にいない。
職員室は1階にあって、コンピューター・ルームは3階にある。
放課後、4時に帰宅を促すチャイムが鳴り、生徒は全員帰る。そうすると職員室(と別棟の事務室など)以外は1階でさえ廊下も電気が消される。
俺がいるのは3階のコンピューター・ルームの隣の準備室という小部屋だ。一応、勤務時間が6時までになっている。
その部屋の電気は点いてるよ。ただその部屋を一歩出ると廊下からなにから真っ暗なのだ。

生徒が帰ると当たり前に学校というのは静かだ。
昼間はあんなに人がいるのに、部屋に篭って仕事をこなし、定時がきて部屋を出ると人っ子一人いないので不思議な気持ちになる。
廊下には人がごった返し、教室の扉はしょっちゅう開けたり閉めたりされて、がやがやしているのが学校ってもんでしょ。
授業中だったら先生の声がしているし、なんだかんだいって生きた人間の息吹きがそこら中に充満してる。若いしな、みんな。
ところがこれがだ~れもいなくなると学校というのは本当に廃墟みたいなる。建物全体が疲れきって死んだようになってる。
あまりにも何も動かないし、雰囲気が違いすぎるので誰もいない廊下に出ると昼間の幻というか、ガキどもでごった返してる様子を思い出さないと自分がどこにいるか分からなくなってしまいそうだ。

帰り際、外から振り返って真っ暗な校舎の窓を見上げれば、見てはいけないものを見られそうな気がする。
ところが、俺のいる学校は仮設校舎のプレハブ建て。何かありそうな趣はこれっぽっちもない。夕方5時を過ぎれば日も落ちて暗くなるが、真っ暗な廊下を歩いていても怖い雰囲気は皆無だ。


ある夕方、俺は勤務日誌を入力していた。
そろそろ6時近い。廊下は真っ暗。辺りは静か。昼間生徒がいるときはうるさいので、今の時間は本当に静かだ。
パタパタパタとスリッパの音が響いてくる。俺のいる部屋の前で止まりコツコツとノックされて扉が開く。
「あー、ちょっといいですか?」
「はい。どうぞ」
「理科のM里です。電子メールっていうものについて教えてもらいたいんですがね」
「はいはい」

俺の仕事はここの教員に対するIT関係のアドバイザーなのだ。
教育の現場というのはIT化が遅れた。最近になって国が力を入れたのはいいが、生徒の子供達のほうが進んでいる。そのせいか、教員はなかなかIT化できない人も多いそうだ。まぁいいか、そんな話。
まあいずれにせよ、”電子メール”について教えてもらいたいってことはパソコンのことをイチから説明しろってことだ。
それが俺の仕事であるわけだから、根気よく説明し始めた。
俺は経験上、けっきょく専門用語を使わずに正しくそのままを長くかかっても説明するのが一番いいと思っている。
良くないのは、例えを使うことだ。
ところが年寄りは例えを欲しがる!
例えばホームページは家で、例えばインターネットってのは道か?
いやー、そのー…。
アドレスってのは住所なんだろ?
そうですけどー…。
さらに俺は経験上、話だけでは絶対に通じないってこと(だってたとえば電話で説明して理解させられる思う?)、それと1回では到底理解できないから、最初は煙に巻いてもいいぐらい思っている。
だいたい、説明だけしたってねぇ、分かるわけないんですよ。

俺はメモ書きに四角や丸や矢印をいろいろ書きながら説明する。
M里先生は時おり同じことを何度か質問する。
(ああ、そのたびに俺は自分の無力さを嘆く)
先生の声の後ろ、廊下で音がする。
キュッキュッキュッキュッ。
あれ?なんだ?まだ残ってる生徒がいるのかな?
軽やかな靴音は確かに生徒が履く室内履きの運動靴の音だ。
こちらの部屋の前で止まる。そして走って遠ざかっていく。
キュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッキュッ…。
「…」
「え?あ、はい。ですから、息子さんのパソコンと共用しても、メールは別々にすることはできますよ。ただ、先生専用のメールアドレスを取得しないといけませんが」
「それにはお金はどれくらいかかるの?」
「有料のところもありますが、いろいろサービスがあって無料でやることもできますから」
「で、それは息子と同じところに届くの?」
「えーと、それはですね。別々にすることできます」
M里先生は55歳くらいだろうか?白髪頭の温和そうな顔だ。
俺はそういう人がパソコンをやろうと思って俺に質問してくれることが嬉しいので、50回までは同じことを質問されてもにこやかに答えられる自信がある。
今夜も、先生がそれなりに得心してくれるまで何度でも説明するつもりでいた。全然イヤじゃないんすよ。遠慮はいらねーっすよ。

キュッキュッキュッキュッ。
また来た?
おかしいな。
「生徒がまだ残ってるんですかね?ちょと失礼します」
俺は扉を開けた。
廊下は薄暗い。向かい側が2年生の教室がズラリと並んでいて、つきあたりに階段になっていて、大きな窓がある。そこから光が差し込んでいるので、物の判別がつかないほど暗くは無い。が、誰もいなかった。
おかしいな、空耳じゃないはずだが、下の階か階段の方で歩いた音が近くに感じたのかな。
「誰かいると思ったんですが、勘違いだったみたいです。えーと、どこまで行きましたっけ?先生、ワープロはやっておられましたか?」
ワープロは打てるよ」
などとまた会話に戻った。それから、ひとしきりあーだこーだとやって、M里先生もそれなりに掴めたようだった。
「じゃあまず、そのアドレスを取得しないことにはな」
「そうですね。息子さんがどのプロバイダ、接続業者ですね、と、契約しているかまず確認していただいて」
「うん。分かりました。ところで」
「はい、次はなんでしょうか?」
「さっき生徒が来たと思ったと言っておったけど。聞こえたのかね?」
「え?あー。足音がしたと思ったんですがね」
「そうですか、聞こえましたか」
「はい。でもあれですね、下の音なんか響くんですねやっぱり。プレハブだと」
「いや、あれは…。R君が来たんだ」
「へっ?」

するとまたキュッキュッキュッキュッキュッと足音が近づいてくる。子供の軽快さ。音が止まる。嫌な成り行きだなぁ。
するとM里先生が、
「R君。もう帰りなさい」
と言った。
足音が走って逃げて行く。遠ざかっていく。
俺は急いでドアを開けた。
見えねぇ…。でも、音だけしてる。ほら、今2-Dの前を過ぎて
LL教室を過ぎて、階段の方へ曲がった。

「聞こえるんですねぇ、俺先生は」
「き、聞こえましたねぇ…」
「あのコはR君といって、僕の教え子だったんですが、今は幽霊なんですよ、お恥ずかしい話が」
恥ずかしくねーよ!こえーよ!
「はぁ…。そうみたいですね…」


経緯はこうだ。
まだ先生が若かりし頃、学校(この学校ではない)にR君という非常に優秀な生徒がいた。
いつも放課後ぎりぎりまで学校に残って勉強して、それから帰る毎日だった。M里先生は気になってR君の担任の教諭に訊くと、R君のウチは家庭に問題があって、彼はなるべく家へ帰りたくないからそうしていたのだそうだ。
このへんの事情は20年ほど前のことだし、あまり気分のいい話じゃないんで割愛する。
って、俺は思うんだけど、ほんと、幽霊がどーとかってことより現実のほうがよっぽど悲惨で、気分悪い話に満ちてるってことだよな。
それでまぁ、話をきいたM里先生は同情して時々勉強を見てやったりしてたらしい。
R君は感激して、理科の勉強にことさら気を入れるようになった。それで、のめり込むようになって、いつしか実験室に忍び込むようになった。
学校というところは、実はセキュリティがスカスカじゃん。
俺たちが今いる学校も、各部屋はセキュリティカードを差し込まない警報が鳴るようになっているけど、そんなもん職員全員にカードが支給されないから、たとえば俺がいる部屋
なんかは毎朝担当教諭がチェックを外し、後は夜まで開けっ放しになっている。2限目の終わりくらいに俺がぶらぶらやってきて、部屋に入り、そのときに応じて図書室のパソコンの調子をみたり、体育教官室まで行ってプリンタの調子をみたり、あるいは保健室で茶をごちそーになったりしている間も開けっ放しだ。
夕方、帰る時にいちいち職員室に顔出す必要もなく、学校を閉めるときに当番の先生がまたセキュリティをかけにくるまでほったらかしだ。いやそれでいいんだってさ。
今現在でもそんな感じだし、公立の学校なんてほんとどこもそんなふうだぜ。
これが20年前ならもっとユルユルだっただろ。
みんな経験あるだろうけど、学校ってのは死角だらけだ。
校内で授業をフケるときに、見つからない場所なんていくらでもある。たとえば音楽室の隣りにある準備室なんかが代表的だ。そりゃカギがかかってるが、カギがかかってるから
こそ入っちまえば外からは分からないんだよね。
方法はいくらでもある。
ドアを外すってことも構造的に出来る場合があるし、学校によってはほら、部屋の上の方は窓になってたりするだろ。
あらかじめ窓のカギを開けておいて、隣りの教室から窓づたいに忍び込むってのもやった。3階とか。怖いもの知らず。
俺もよく夜中に学校に忍び込んだりした。
昼間のうちに1階の地味な廊下、はははは、たとえば人通りの少ない家庭科室とか理科室とかがならんでる往来の窓のカギを開けておく。当番の先生がきちんと見回れば分かるんだけどね。
まぁ見回らないんだな。
夜中にこっそり花壇のほうから侵入して、開けておいたほうの窓を試すと開いたもん。
俺が通ってた中学は、トイレに、あれはなんのためにあったのかわからないけど、大人じゃ通り抜けられないけど子供なら抜けられる外と通じてる小さいドアがついてた。
間に蛇口があったから、それで中も外もホースをつないで水が撒けるようにってことなのかな。
で、誰も気にしないのか、カギついてねーんだよ。
いつだって入れる。

体育館だって、大抵の学校の体育館て頑丈そうにできてるけど、やっぱりいろんなやり方があって入り込むことができる。
夏祭りなんかで、ふだんは暗くなったら出歩けない女子なんか誘っちゃってさ、体育館破って、マット室破って、中で中学生らしく談笑したりしたこともあるよ。
民間の警備会社が定期的に見回りにくるんだけど、外からライト照らして異常が見つからなければわざわざ中まで入ってこない。ただ、あんときは俺はちょうどコートの方にいて、ライトで照らされそうになった。
スパイ映画みたいだったね。サッと壁際に寄って、その壁一枚隔てた向こうでは警備員がコートをライトで照らしてるんだ。そのライトがこう左から右へ、上から下へと流れて。俺はトカゲみたいにぴったりと壁に張り付いて息を殺している。
そういえばトカゲが何でガラスみたいにすべすべなところでも張り付いていられるか知ってる?
足の裏とガラスの間に真空を作るんだって。真空を作るから引っ張り合うことになってくっついていられるんだってさ。じゃなかったかな確か。うろ覚えだけどさ。

えーとまぁ、とにかく。
R君は家に居たくないことと、理科好き昂じて夜中学校に侵入するようになる。
誰かが知らない間に出入りしているらしいことはM里先生には分かってたようだが、物の配置が変わってるくらいで、危ないものが入っている薬棚のカギはきちんと管理されているし、そもそも器材が置かれている準備室のほうまでは破られていないようなので少し様子をみた。
そしてある日、別の当直が理科室に誰かいるのを発見する。
そいつは逃げてしまった。
当直は、逃げたやつが誰なのか判別できなかったらしいが、R君は次の日学校に来なかった。
M里先生はもちろんのこと、何人かの先生が侵入者はR君だと考えた。
会議が開かれたが、理科室のカギと準備室のカギを新式のものに換えるというくらいで、明日もR君が来なかったら担任が家庭訪問するということでその日は終わった。
そもそも校舎に夜中(といっても8時とかだが)に侵入できるスキがあることが問題とされ、当直はもちろんのこと各先生方もおかしなところはないか目を光らせるように、という感じで、特に理科担当のM里先生が問題にされることはなかった。

その晩、R君は準備室で二酸化炭素中毒により死亡した。
理科準備室は破られ、薬棚はガラスを割って中の薬品を取り出したらしい。
ひとつひとつは無害なものばかりだが、混ぜたり、それを気化させてしまうとやはり危険なものがあった。ナントカとカントカ。知るかよ、俺は理科の成績最悪だったからな。

M里先生は悔やんだ。
実は準備室にはカギつきの冷蔵庫がある。
それなら普通、中学生には開けられない。カギが新しくなるまで、ある程度の薬品は其処へ閉まっておくことができたはずなのだ。少なくともR君が使ったナントカとカントカは冷やしても変化しないものだった。
責任問題にはなったが、M里先生は担当教科で一番エライ先生でもなく、上役の指示を仰ぐだけの若手だったので、火の粉は降りかからなかった。

しかし個人的にM里先生は大いに悔いた。


それからしばらくして、M里先生が当直のときなど理科室で音がするようになった。
R君の姿を見た、という者が先生のみならず、生徒からも出た。
まぁ、ガキは面白がって言ってたのかもしれないけどね。
ところがM里先生ははっきりと見かけるようになったという。
授業中、実験を見守るために生徒がフラスコの前に集まったその中にR君の顔を見つけたときはあやうく持っているビーカーを落としてしまったりした。

理科準備室でひとりでテストの採点をしていると、背後から覗き込むR君の気配を感じた。
答案にバツを赤書きしていくと、クスクスと笑ったそうだ。
そして、R君もう帰りなさい、と言うと、廊下のほうで遠ざかるズックの音がしたものだという。
よしてくれっつーの。

 

幾日か経ったとき、保健室で茶を飲んでサボっているときに(ああ俺はずっと成長してない)、保険のS子先生に訊いた。
「そういえばM里先生って…」
そのときちょうど生徒が何か書類を持ってきたので俺の問いかけは途中で止まった。
生徒が出て行く。
S子先生はその書類を検めて、書棚にしまい、
「ええと、なんでしたっけ?M里先生。お気の毒でしたよねぇ…。あれ?M里先生のこと、俺先生ご存知でしたっけ?」
「えっ?」
「いえいえ、俺先生がコチラにいらっしゃったのって春ですよね」
「はい」
「じゃあ…。M里先生が亡くなられた後ですよね」
「…。そうですね…」
おいおいおいおいおい。
「ちょっとその、小耳にはさんだもので」
「そうですかあ。ほんっと熱心ないい先生でした」
しんみり。
しんみりすんなよー!
俺、昨夜会ったっつーねん。幽霊のくせにメールのやり方俺に訊いてきたんだぜ!
しかも、しかもだ。ガキの幽霊まで連れてきやがった!!
くっそー、バカにしやがって。
俺、もう絶対残業しない。生徒と一緒に放課後帰る。

と、心の中で叫んでも仕事が早く終われることもなく、
俺は今夜も一人、誰もいない校舎で仕事をしている。
パタパタとゴムスリッパの音が近づいてくる。
またおんなじことを何回も説明しなきゃいけない。
しかも幽霊に…。


仕事が終わって、校舎を後にする。
以前ならちょっと振り返って真っ暗になった校舎ごしに夜空を見上げたものだが、今はもうしない。
何故なら、振り向いて校舎を見上げると、薄暗い教室の窓から必ず二人が俺の方を眺めているからだ。
勉強熱心なこったぜ。

 

 

ここ何日か雨模様だ。
薄暗い日が続いている。
俺の仕事も少し落ち着いてきて、今日はヒマだ。
俺は窓から外を見上げて、灰色の空を眺めていた。
それからまた机に向かう。

ふと窓を見ると光が差し込んでいる。
俺は窓を開けてグラウンドの方を見た。
雲間からいく筋もの光が伸びている。

「きたよ、これだよ!」
俺は部屋を飛び出して階段を駆け下り、理科室のある棟へ走った。渡り廊下を走り(先生に見つかると怒られる)C棟へ入り、理科室へたどりつき、ドアを開けようとした。
当然、カギがかかってる。
そのほうがいいんだ。授業中だったらかえって厄介だからね。
ドアの前に立ち、左右を見渡す。
どこの部屋でも授業はやってないようだ。
俺は言う。
「先生。M里先生。今だよ。今なら昇れますよ。ほら、グラウンド見てよ。はしごがかかってる。今しかないっすよ。Rちゃん連れて、行っちゃってくださいよ。先生。先生たちは向こうに行ったほうが健康的っすよ(健康もクソもあるかよ)」
隣りの準備室でガタンと音がした。
幽霊は昼間どこにいるのかね。

俺は言うべき事をいうとまた校舎の外へ出た。
グラウンドの前で雲の間からまっすぐ差し込んでくる光の筋を見ていた。
それがだんだんと広がっていき、もう眩しくて見ていられなくなって、手をかざして、あたりがどんどん明るくなってきた。


「先生。この体験は死ななきゃできないよね」


俺には光の筋を昇って行く二人の姿が見えるようだった。

 

数日後、誰もいない3階で仕事を終え、最後にメールチェックをした。

「From:Mxxxxx Subject:ありがとう」

なんてメールくるわけないだろ!

 

 


2019年現在

さすがに最後の方は嘘っぽいですね?